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ここは「花待館」の別館となっています。非公式で「うみねこのなく頃に」「テイルズオブエクシリア」「ファイナルファンタジー(13・零式)」「刀剣乱舞」の二次創作SSを掲載しています。
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お久しぶりです。お久しぶりの更新にカノジェシSSです。
検索結果見たらこっちのが多かったんだけどなぁ。
そんなわけで、初めて注意書きのない(それも問題だけども)カノジェシSSです。
では、どうぞ。

『Navigatria』



拍手[6回]


お嬢様、と伸ばした腕を引っ込める。自分は家具だ、そう言い聞かせて諦めようとする。
それでも、諦めきれない。
朱志香は嘉音の太陽なのだから。
嘉音は、朱志香を愛しているのだから。
だから、彼女が導いてくれる限り、彼は恋を諦めきれない。

Navigatria

「嘉音くん、ただいま」
バラ庭園で作業をしていたら朱志香のほうから声を掛けてくれた。明るい笑顔が眩しくてついつい目を細めそうになる。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「バラの世話してるんだ、大変だな」
「いえ、これが仕事ですから」
釘付けになってしまいそうなその笑顔から目を逸らして、園芸鋏で小さなバラを刈り取る。
朱志香が嘉音のことを好きだと聞いたのは文化祭の少し前のことである。けれど文化祭の夜の一件以来、朱志香本人は彼に対して何も言ってこないし、嘉音にしてもそれについてとかく言うわけにはいかなかったのでずっと黙ってきた。
もしも人間だったなら、と嘉音は夢想する。
もしも自分が人間だったなら、迷うことも躊躇うこともなく朱志香に想いを伝えるのに。
想いを伝えて、甘く香る身体を腕の中に閉じこめて、何度も愛していると囁いて、それから……。
(それから?)
そこで急に現実に引き戻される。どんなに夢想して、どんなに朱志香に恋い焦がれても、嘉音は所詮は家具で、人間ではないのだ。
(何を考えているんだ、僕は……。早く、早く諦めなければいけないのにっ!)
苛立ち任せにしゃくんとバラの枝を切る。じわりと胸に痛みが広がる。
「か、嘉音くんっ!?大丈夫!?」
朱志香の慌てた声に思考が止まる。
「あ……」
嘉音らしくないミス。小枝と一緒に自分の指の皮まで切ってしまうなんて、なんて不覚。胸に広がったはずの痛みは指を切った痛みだったのかとぼんやりと考えた。けれど指はともかく胸までつきんと痛む。
朱志香が悲しそうな、心配そうな顔をしているから。慌てた声で鞄を探った彼女は絆創膏を取り出すと嘉音の手を取った。
「お嬢様……?」
朱志香の行動の意図が分からなくて少しだけ訝しんだ嘉音は、次の瞬間に思い切り仰天していた。
「お嬢様っ!」
「ん……」
温かくて柔らかいものに包まれる。それが朱志香の口内だということに気付いたのは指先に彼女の唇が触れた後だった。傷口に触れぬように、滴る血を清めていくその行為はとても自然で、とても神聖なものに見えた。
けれどもその行為は、嘉音の怪我の原因となった心を通して見ると汚してはならないものを自分の血で汚してしまったような、そんな罪悪感に苛まれる。恋い焦がれる朱志香をそんな目で見てしまった自分に嘉音は嫌悪して、だから痛みを堪えて彼女の口内から指を引き抜いた。
「お嬢様……おやめください」
引き抜いた指を引っ込めると、朱志香が少しだけ傷ついたような表情を浮かべる。
「あ……ご、ごめんな、私……その、余計なこと、しちゃって……」
「いえ……ありがとうございます。心配をおかけしてすみません」
す、と朱志香が何かを嘉音の手に握らせた。それからすぐに立ち上がってしまう。
「じゃ、私……もう行くね。お大事に!」
寂しげな笑顔に胸がまたつきんと痛む。何も言えなくて、立ち上がってお辞儀をする。スカートを翻して屋敷に走っていく彼女を見送りながら、手の平に握られたものの正体を知る。
「絆創膏……」
それは朱志香が取り出した、絆創膏だった。
彼女の体温が移って温かいそれをゆっくりと指に貼り付ける。いつも使用人室の備品を貼る時はてきぱきと貼れるのに、今日に限って絆創膏はあちらへこちらへとずれてゆく。それはまるで今の嘉音の心のよう。朱志香がくれた絆創膏。その事実だけで、彼の心は千々に乱れて仕事どころではなくなってしまう。
「お嬢様……好きです、あなたのことが……好きなんです……」
掠れた声でそう呟いて、嘉音は朱志香の温もりが未だ残る指に唇を押し当てた。


使用人室に戻る途中で朱志香とすれ違う。
「あ、嘉音くん……その、さっきは……」
優しい彼女はいつも嘉音を気に掛けてくれるからこそ、謝らせたくない。
「いえ、ご心配をおかけしました。見苦しい所をお見せして申し訳ございません」
遮ったのに、朱志香の笑顔は何故だか悲しげに見えた。
「う、うん……それじゃ、ね」
金髪がふわふわと揺れる。その背中にお嬢様、と腕を伸ばし掛けて、引っ込める。
自分は家具で、朱志香は人間なのだ。
恋をすることなど叶わない、結ばれることなど叶わないのだ。
だから、彼は朱志香が向かった方とは反対に歩き出した。


使用人室には誰もいなかった。日誌を手に取り、椅子に座る。
ぱらぱらと捲っても書いてあることは頭に入ってこない。
朱志香の顔ばかりがちらついて、嘉音は日誌をぱたんと閉じる。
(お嬢様……悲しませたくなんかなかったのに……)
嘉音にとって朱志香は本来仕えるべき人のはずで、もっとも恋に落ちることが許されないはずの人だ。右代宮の令嬢で、この家の跡取りで、嘉音と同じように六軒島で生を過ごし、六軒島で生を終える少女。

人間と家具の間で恋などしてはならないのだ。
それなのに、その範を越えたくなる。
結ばれてはならないのに、結ばれたいと願ってしまう。
許されない恋を煩ってしまったことは百も承知で、自分が行動を起こすことがどれほど朱志香に迷惑を掛けるかも知っていて、嘉音は朱志香を渇望していた。

朱志香とならば人間として生きていけるかもしれないから。
朱志香とならば空を飛べるかもしれないから。
何故なら朱志香は、嘉音を色鮮やかな明るい世界へと導く太陽なのだから。

「お嬢様……朱志香様……っ」
日誌を握ったままの拳の上に涙がぱたぱたと落ちる。もしも黄金郷が存在したとして、そこでは本当に朱志香と結ばれることが出来るのだろうかと考える。けれどそんな血塗られた場所はただの御伽噺。

自分が人間になりたいと本当に願うのならば、自分の行動で示さなければならないのだ。
自分が朱志香を愛していて、朱志香も嘉音を愛してくれるなら、それはもう二人の黄金郷なのだから。
だから、嘉音は諦めきれない。いや、諦めない。
朱志香が愛おしいから。


その日の夕方、バラ庭園でバラの世話をしていると、朱志香が屋敷から出てくるのが見えた。目が合うと彼女が微笑みかける。
「お嬢様……」
「き、今日の当番、嘉音くんだったんだ」
「はい」
頷くと朱志香はそっか、と笑う。その微笑みは柔らかい。
「お嬢様はどうしてここへ?」
「い、いや、あの、えっと……少し、散歩でもしようかと思って」
「そうですか」
会話が途切れる。沈黙の中、しゃくん、しゃくんとバラの小枝を刈り取る音が聞こえる。すぐそばに朱志香がいる。それだけで鼓動が高鳴る。朱志香に聞こえてしまわないか、それだけが気がかりで。
それが、ミスの元だった。
「きゃっ……」
しゃくん、と枝を切ると同時に朱志香の短い悲鳴が聞こえた。
「お嬢様!?」
鋏をうち捨てて朱志香のほうを向けば、彼女ははっと顔を強張らせて慌てて笑ってみせる。
「あ、だ、大丈夫だぜ、ちょっと掠っただけだから!」
彼女の足下にはバラの小枝。朱志香の指を傷つけたのはこれだろう。
「お嬢様、傷口を見せてください」
「え、あ、大丈夫……」
朱志香が言い終わる前にその白い手の平を取る。傷自体は深くないものの、棘で傷ついた箇所からはじわりと血が滲んでいた。
「申し訳ございません……お嬢様の手に傷を……」
「や、大丈夫だから、あの、手……」
真っ赤に頬を染めて手を引き抜こうとするのを握りしめることで押しとどめて、嘉音は朱志香の傷口に口づけた。
「……!」
そのまま指を口内に含むと、まごまごと朱志香の指が逃げまどって、結局は大人しくなる。
「や、嘉音、くん……っ」
頬を染めて、困ったようにおろおろしながら朱志香はされるがままになっている。傷口を舐めて清めると、指を解放する。
「僕の不注意です、申し訳ございませんでした。……お嬢様?」
彼女は頬を赤くしたままじっと嘉音を見つめている。
「お嬢様?」
「あ、あぁ、うん、私こそ邪魔しちゃってごめんな。えっと……」
そうしてすっと立ち上がった朱志香を追うように嘉音も立ち上がる。
「あ、あの、私、もう、戻るね」
くるりと嘉音に背を向けて、朱志香は屋敷へと駆け出す。

このまま屋敷に帰らせたくない。
想いを伝えたいのだから。

その衝動だけが嘉音を突き動かした。
「朱志香様っ!」
大きく一歩踏み出して、朱志香を背後から抱きしめる。いい匂いがする。彼女は数拍おいて状況を理解したらしく、あわあわと意味のない言葉を紡ぐ。
「朱志香様……行かないでください」
「え……?」
「す……すっ……」
あんなに告げたい言葉なのに、朱志香を目の前にするとす、の先が出てこない。だから朱志香は困ったように嘉音くん、と囁く。
「す……」
「あの、ね……嘉音くんの、せいじゃないから……私の不注意だから……謝らないでくれよ……」
弱々しい声に胸が締め付けられる。だから嘉音は全力で否定する。
「違うんです!」
「違うって、何が!?」
「好きですっ……朱志香様が好きなんですっ」
え、と朱志香が身を捩って振り向いてくれる。嘉音はなおも腕の中に柔らかな体を抱きしめながらもう一度想いを告げる。
「愛しています、朱志香様……」
今度は朱志香は何も返さず、呆然と嘉音を見つめる。
不意に、彼女の頬を一筋の涙が転がり落ちた。
「朱志香様!?」
「ありがと……嬉しいの、嘉音くんにそう言ってもらえて、嬉しいの……!」
ぐしぐしと目を擦る朱志香を再びきつく抱きしめる。
「あなたが喜んでくださるのなら、何度でも言います!朱志香様を愛しているんです!」
「ありがと……ありがとう、嘉音くん……!私も、その……」
「朱志香様?」
「あの、私も、好きだぜ!」
朱志香の頬は今までよりもずっと赤かった。おそらく嘉音のそれも同じぐらい赤くなっているだろう。だってはっきりとした愛の告白は今この瞬間、初めて受けたのだから。
ふつふつと心の底から嬉しさが湧き上がる。
朱志香と想い合うことが許される、その幸せが嬉しくてたまらない。
「ありがとうございます……愛しています、朱志香様……!」
涙は嬉しい時にも流れるのだと、嘉音は初めて知ったのだった。

ずっと朱志香が太陽のように眩しかった。
嘉音を導くのはいつだって朱志香だった。
だから、これからは二人で歩いてゆく。
例えこの先に何が待ち受けていようとも、どんなことが起ころうとも、朱志香の導きをすぐ近くで追いかけながら、二人手を繋いでどこまでも一緒に歩んでゆくのだ。
二人の間にはもう何人たりとも引き裂けない、強い強い愛の絆があるのだから。
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