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ここは「花待館」の別館となっています。非公式で「うみねこのなく頃に」「テイルズオブエクシリア」「ファイナルファンタジー(13・零式)」「刀剣乱舞」の二次創作SSを掲載しています。
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最後です。
!諸注意!
・朱志香が碑文を解いて次期当主になっています。
・ついでにベアトリーチェ=朱志香になっています。
・マリアージュ・ソルシエールと戦人の過去に多大なる捏造があります。
・ついでにR15くらいです。
・EP6のネタばれらしきものも混じっています(主に嘉音の本名)。

それではどうぞ。


拍手[2回]


それがこんな事件に発展するなんて思わなかった。
戦人に魔法はあったと信じさせるために、そして蔵臼の事業を助けるために企画した狂言殺人。
そのシナリオの中に、朱志香が読んだ手紙なんて無かった。
思えば嘉音が渡してきた伝説の魔女ベアトリーチェからの手紙が全ての始まりだったのかもしれない。真里亞が楼座に引っぱたかれ、カボチャのマシュマロを壊されるのを見た朱志香に、嘉音が渡した手紙。
おそらく楼座に渡した手紙には親族会議を中座するように指示が為されていたに違いない。
本来のシナリオでは食堂に集まった親たちに事情を話し、協力を仰ぐ予定だった。
嘉音がインゴットを取りに行くと言ったのも、その一部だったはずなのに。
昨晩彼女が紗音の案内で屋敷に行くと親族は誰もいなかった。
『どういうことだ……?』
『どうしたんでしょう……郷田さんが使用人室にいるはずですが……』
『……行ってみよう。紗音、悪いな』
『いえ。お嬢様が旦那様や奥様を思うお気持ち、きっと伝わるはずです』
『ありがとう』
郷田に聞いても、親族の行方は杳としてしれなかった。探しに行きましょうかという郷田に、手をひらひらと振って断った。
『いや、いいんだ。ただ、このことは他言しないでくれ。戦人に狂言だって知られたら、事業がうまくいかなくなるかもしれないし』
『承知しました。お嬢様は……本当に当主様になられたのですね』
そう言ってしみじみと感心する郷田に、朱志香は微笑んだ。
今回の二日間はミステリーナイトを模したもの。
このような事件があったが、犯人は誰かと問い、ゲストハウスを探って貰う。
さらにボトルメールを流しておけばミステリー好きの好奇心をくすぐるだろう。
それをリゾートの時期に二日間にわたって企画し、2日目の回答編には、私が犯人だとベアトリーチェの衣装を着た朱志香が現れる、そういう寸法だった。
しかし、いないものは仕方がない。もう一度行くしかない。
使用人室からの帰り道、朱志香はシナリオを確認した。
『第一の晩に母さん以外の六人、第二の晩に紗音と嘉音くん、第三の晩を飛ばして第四の晩から第八の晩までが南條先生、源次さん、熊沢さん、郷田さん、祖父さま。第九の晩は飛ばして第十の晩に祖父さまの書斎に行って、みんなで戦人をびっくりさせる。終わったら書斎に集合』
『ええ。きっと戦人様、びっくりされると思いますよ……ふふ』
『でも、悪いな。第二の晩、譲治兄さんとのほうがよかっただろ?』
そう問いかけると、紗音は顔を赤くしてはにかんだ。
『いえ、その……あぅ。……でも、特別な場面指定がある訳じゃないですし、明日の晩には譲治様と再会できますし』
そんなやり取りをして、笑いあって、ゲストハウスに帰ったのだ。
その夜、数度にわたって屋敷に行ったのに、親族はいなかった。
だから翌朝、つまり今日1986年の10月4日の朝、礼拝堂で見つかった両親と叔母達が死んでいるとすぐに分かってしまった。
この時点で狂言は出来なくなってしまった。
とっさにベアトリーチェがやったと口走ったのは、戦人や譲治への贖罪もあった。シナリオでも予定していたけれど、本心から叫ぶとは思っていなかった。
--私が……殺したようなもんか……?ごめんな……譲治兄さん、戦人……。
朱志香は椅子の上で身体を丸める。そして、回想を続ける。
両親が殺されて、怒りの炎が燃え上がるままに貴賓室のものを壊してしまった。
金蔵にまた怒られてしまうだろうか。

金蔵が死んだのを知ったのは少し前だった。朱志香が新しいベアトリーチェだと知ってから、彼女は祖父に魔術を教えられた。碑文を解いたと知らせると、金蔵は彼のベアトリーチェの想い出を教えてくれた。
だから、金蔵が死んだと知ったとき、どうすればいいか分からなかった。どうすればいいか分からなくて、祖父の魔女と祖父が黄金郷で愛し合っていることを信じた。
黄金郷に行けば願いが叶う。
魔女も魔術師も関係ない。金蔵の愛したベアトリーチェと、金蔵は黄金郷で幸せになれる。
だから、両親と使用人がぐるになった死亡隠蔽も見て見ぬふりをした。ただ死んだと判明してしまったら、その幻想は崩れてしまうから。
同時に、母の優しい金蔵という魔法でさえも解けてしまうから。
だから、第十の晩までに金蔵は10月3日に死んだと嘘をつきたかったのに。
--どうして、嘉音くん……どうして……!

朱志香は嘉音のことが好きだった。一目惚れ、というわけにはいかないが、とにかく好きだった。6年前に失った「カノン」と同じ名前で、同じぐらい仕事に真面目。
金蔵のベアトリーチェが現在のジェシカ・ベアトリーチェを哀れんで「カノン」を人間に生まれ変わらせてくれたのかと思うほどに、嘉音は朱志香の側にいた。
恋をしたい、と思ったときに真っ先に浮かんだのは嘉音だった。
彼は恋をしたことがあるのだろうか、そう思った。
外の世界を知って欲しかった。彼の世界は六軒島だけじゃない、そう教えたかった。
だから文化祭に誘った。
一番大好きなことをしていられる「朱志香」を教えた。
けれど彼は、人間と家具に恋など出来ないとはねつけた。朱志香の思いに応えられないと言った。
恋心が砕かれて、彼女はこれ以上嘉音の前にいられなくて、部屋に帰ってしまったが、嘉音はあのあとどうしたのだろうか。

その後、いつからか嘉音の目に宿る光が違うような感じがした。
そう、確か戦人が来るという話を聞いた後からだったか。朱志香に何かを訴えるような光。
『嘉音くん……あの、何かあったら、私に話して良いから……』
『ありがとうございます、お嬢様。ですが、僕は……家具ですから』
家具ではないと叫んでも、彼女の言葉は嘉音には届かない。
だから、自分の想いを叶えることは諦めていたのに。
『ずっと、ずっと好きでした』
その言葉に、朱志香は何故だか背筋が震えるのを感じた。
嘉音は緊急事態なのに、その瞳に情欲の炎をちらつかせて朱志香に愛を迫った。
『すべて、僕がやりました』
『仕方なかったのです』
朱志香と結ばれるためには殺人さえいとわないという嘉音。
何がなんだか、朱志香にはさっぱり分からない。
ただ、彼女が出演料兼迷惑料として使用人や親族のそれぞれの家族に贈った1億円がどうやら慰謝料になりそうだという予感がした。
嘉音が恐ろしい。
朱志香に掴みかかられてもなお、彼女の愛を求め、彼女と愛し合うためなら殺人すら厭わない彼が、恐ろしい。
嘉音が愛しい。
家具と念じる気持ちの向こう側で、彼女を求める彼が愛おしい。
二つの心の狭間で前者に少しだけ寄り添って揺れながら、朱志香はゆっくりと瞳を閉じた。

何人殺そうと、嘉音は朱志香を求め続ける。
彼の思いを拒絶しようと無理だと、南條と熊沢が殺されたときに思い知った。
それから、当主の指輪が消えたことも。

強引な口移しによる昼食を終え、ベッドに再び移された後、彼女は自分がドレスに着替えていることを知る。
母が少し前の誕生日プレゼントにくれたドレス。ピンクと白が基調のそれは朱志香が着ると少し甘すぎる色合いだったが、それでも彼女はこれが気に入っていた。
左腕の辺りに刻まれた片翼の鷲が貰ったときに少しだけ苦しかったのを思い出す。
足下はおそらくタイツだろう。朱志香が睡眠薬で眠らされている間に嘉音がやったに違いない。
「朱志香様……」
「こんなことして……満足なのかよ……?」
彼は優しい笑みを浮かべて頷く。けれど、それは朱志香には狂気の笑みに見えた。
「満足です……これで、朱志香様と二人きりになれたのですから」
「ふたり……きり……?まさかっ……!」
「紗音と譲治様と、郷田が最後の生け贄です」
「郷田さん……譲治兄さん……紗音……!!」

「朱志香……僕が死んでも、そんな風に泣いてくれましたか……?」
--あの文化祭の夜も、あなたは泣いてくれましたか?
朱志香は嘉音の肩口に顔を埋めて泣いた。
「何言ってるんだよ……!泣くに決まってるだろ……文化祭の時も……泣いたよ……!」
「……僕を愛してくれますか?」
「……っ」
苦しいほどに愛情で拘束され、今更ながら自分に逃げ場がないということを思い知った。答えられずにいると、嘉音は彼女を抱きしめたまま語り出した。
「……僕は紗音が憎らしかった。僕の朱志香への恋心を玩具にして、陰で叶わぬ恋に落ちた愚か者と笑っていたから……あんな蝶のブローチで恋が叶うなんて言って……騙して……」
「違う……違うよ……嘉音くん……」
朱志香はゆっくりと首を横に振る。
「あの蝶のブローチは……私がお守りにあげたんだ。私は物語に出てくるような魔女じゃないから本物の魔法のブローチをあげることは出来なかったけど……信じれば奇跡は起こるって……だから紗音は信じて、譲治兄さんに想いを伝えたんだ。……嘉音くんがこんなに苦しむなら、あのとき……紗音がブローチを返してきたとき、貰っておけば良かった」
それは去年のこと。譲治への恋煩いに悩む紗音を幸せにしたくて贈った、祖父から貰った伝説の魔女の形見。代わりに紗音に頼んだのは全てを跳ね返す鏡の破壊。それがこんなことになるとは朱志香にも分からなかった。
ブローチの返却を受け付けなかったのは、それが2人を永遠に結びつけて欲しいと願ったからだったのに。
鏡を割って貰ったのは親族みんなに幸せになって欲しかったからだったのに。
嘉音はもしかしたらその言葉に気分を害したのかもしれない。一瞬だけ仕舞った、という表情をした後で朱志香をさらに抱きしめた。
「では、紗音の代わりでもいいから……僕を幸せにしてください」
柔らかな檻の中に押し倒され、朱志香は自分の血の気が引いた音を聞いた。
彼の目に宿るのはどんな手を使っても彼女を手に入れたいという渇望の昏い焔。
肥料袋一つ持ち上げられなかったはずの嘉音の腕は、今は信じられないほど強い力で朱志香を押さえつける。
「か、嘉音くん……嫌だっ!やめて!離してっ!」
「僕だけを見てください……僕だけを愛してください……朱志香……っ」
互いの服を隔てて肌と肌が触れ合う感触で、今更ながら彼女は下着をつけていないことを知った。腰で締めてあるリボンを解かれ、装飾品が何もない胸元を遠慮のない指が這う。
「ずっと、ずっと愛しています……朱志香……」
その熱の籠もった声すら自分を凌辱していくようで、こんな形で抱かれるのを嫌悪していたはずなのに、朱志香は快楽の淵に沈む錯覚を覚えてしまう。目の前の少年に手を伸ばそうとも、6年前に『殺された』家具の少年に助けを求めようとも、救いを求める腕は拘束されて動かない。もし彼女に本当の魔法が備わっていたならば。その想いが、かつての魔女同盟の仲間の名を叫ばせた。
「嫌っ……嫌ぁっ……助けてっ……戦人ぁっ!」
悲鳴を上げた瞬間に胸元を強く握り込まれ、そこに痛みが走る。いつのまにやら嘉音の片手は朱志香の背中を下りて腰の辺りで好き放題に暴れていた。彼の瞳に宿るのが負の感情を燃やした炎ということしか彼女には分からない。
ただ、彼女は錯覚しそうになる。
これが嘉音の望みならば、それを叶えてやりたいと思ってしまう。
ずっと待っていた白馬の王子様は6年前に罪を犯した戦人ではなく、今朱志香を犯そうとしている嘉音なのだと思いそうになる。
白馬の王子は朱志香にとってその文字通り、もう一度ジェシカ・ベアトリーチェを白き魔女に導いてくれる存在だった。けれど、その定義が崩れ落ちそうになる。嘉音が鳥籠に閉じこめておこうとするのはジェシカ・ベアトリーチェであり、右代宮朱志香だ。そこにはおそらく導くという概念はない。それでも、嘉音に囚われてもいいと思う自分がいることに朱志香は困惑する。
「朱志香……っ」
無理矢理の口付けにも、もう抵抗できない。彼がそうしたいのならそうすればいいと諦めたとき、彼女は自分が抱えていた白馬の王子の概念が崩れ去るのを感じる。戦人が好きだったのかは分からない。けれど今は嘉音が好きなのだから、全て彼の望むままに蹂躙されてしまえばいいと自分の純潔の花を諦めた。
ノックが響いたのはそのときだった。
「やっ……誰か、来たから、やめて……っ」
純潔の花を散らされるところを誰にも見られたくないという矜持から来る朱志香の懇願も来訪者には聞こえない。ノックにいらだってか嘉音は小さく舌打ちして、タイツに掛けていた手を離す。そして彼女を横抱きにして金蔵の椅子に再び拘束した。
「失礼致します」
入ってきたのは、今現在生き残っている全員だった。楼座、真里亞、源次、そして、戦人。リボンがほどけたまま力無く椅子に座る朱志香に、源次以外が驚きの表情をつくる。
「朱志香……嘉音くん……生きてたのか!?」
「最初から殺されてなどおりません」
戦人の驚愕の声に、嘉音は素っ気なく答えた。銃を構える楼座の横をすり抜けて、真里亞がこちらに近づく。
「う~、朱志香お姉ちゃん……ベアトリーチェ。どうして泣いてるの?」
「ま……真里亞……」
「朱志香ちゃんが……ベアトリーチェ!?」
「……朱志香がベアトリーチェってことは……」
楼座と戦人の顔が険しくなる。六軒島の魔女ベアトリーチェ。それは大人達が密かに噂した祖父の妾の名であり、マリアージュ・ソルシエールにおける朱志香の名前だった。
戦人が驚いたことに、少し寂しくなる。彼はきっと、「カノン」を「殺した」ことを忘れてしまったのだろう。
もうそれでもいい。
朱志香が為し得なかったことを彼はやってのけたのだから、後はもう、彼女が赦してしまえばいい。
「朱志香様が右代宮家の当主です」
全てを赦すことが魔法なのだから。
けれどそのことが新しい惨劇のトリガーになってしまったことは否めなかった。だから、こらえきれない涙を必死で押さえながら囁く。
「……真里亞の……マシュマロをなおしたのは、私……暗号を解いたのも、私……っ」
霧江の前に魔女ベアトリーチェとして現れたのも朱志香だった。全てミステリーナイトのための余興のつもりだった。
真里亞のマシュマロだって、楼座に折檻される彼女を元気づけたかったから、貰ったばかりのマシュマロをもう一度渡したのだ。楼座が真里亞のために買った、たった一つのマシュマロだと信じて。
それが白き魔女として、いつか最初の「ともだち」と交わした約束なのだから。
「楼座叔母さん、朱志香は犯人なんかじゃねえ」
「根拠は?」
あの手紙を渡した朱志香をまだ疑っているらしく冷たい声の叔母に、戦人は黙って少女を戒める手錠を指さした。
「朱志香が拘束されている以上、朱志香にみんなを殺すことは出来ねえ。それにこいつは、昨日の夜俺たちと一緒にいた。犯行は無理だ」
「それもそうね……朱志香ちゃん、知っているんでしょう?兄さん達を殺したのは誰?」
問いつめる楼座に、朱志香は答えられない。答えてしまえば嘉音がどうなるか分からなかった。
「朱志香、答えてくれ!」
戦人の懇願。自分が殺した、と言えればどんなに楽か。けれど、彼女は魔女であっても犯人ではなかった。
「……っ、それ、は……」
朱志香は怯えるように嘉音のほうを見る。彼は朱志香に歩み寄り、彼女を抱きしめた。
「僕がやりました」
「ほら、言ったじゃない……嘉音くんが狼だって!」
楼座の勝ち誇ったような台詞を遮って、戦人が叫ぶ。
「何でやったんだよ!親父達を、紗音ちゃん達を殺して……何が望みだったんだ!」
「お嬢様と幸せになるためです」
その台詞を聞くのは今日何度目だろう。朱志香と幸せになるために、彼女を閉じこめるために、彼はその手を血に染めた。
「なんだよそれ!好きなら好きって、そう言やあ良いじゃねえかよ!どこにみんなを殺す必要があった!?」
「戦人様には分からないでしょう……こうでもしなければ愛する人と幸せに……結ばれない家具の気持ちなんて!分からないでしょう!」
「わかんねえよ!今の朱志香を見て、嘉音くんはこいつが幸せだと思えるのか!?」
嘉音は彼女を真っ直ぐに見つめた。きっと今、彼女の顔は涙で酷い有様になっているだろう。それなのに彼は嬉しそうに口元を緩める。
「今は幸せでは無いかもしれませんが、僕たちはもうすぐ幸せになれるのです」
確かに、朱志香は今幸せではない、はずだった。それなのに、断定できない。魔法で幸せになろうと思っているわけではないのに、不幸せだとも幸せだとも断定が出来ない。
抱きしめられたまま髪を梳かれて懐柔されているわけでもない。
あの文化祭の日に諦めたはずの恋が叶ったことが嬉しいわけでもない。
けれど、両親を殺されて、親族を殺されて、親友までも殺されて、悲しくて悔しくて怒りの炎で身を焼かれてしまいそうなのに。
それなのに、目の前で自分を抱きしめている犯人に復讐する気が失せてしまった。嘉音を責める気持ちが萎えてしまった。
「僕は朱志香を愛しています。あのままではいずれ朱志香は旦那様達に従って他の男の元に嫁いでしまう。ならば僕が朱志香の鳥籠を解放するまでです。もうすぐ……もうすぐ朱志香を幸せに出来る!こんなところよりも遙かに広い僕の鳥籠に朱志香を永遠に閉じこめることが出来る……!もう誰にも邪魔はさせない」
「……何を言っているの?」
けれど、朱志香がその心を無くしたからと言って、他の親族も同じわけもない。楼座の怒りを纏った嘲笑の言葉が嘉音の熱に浮かされた言葉を遮る。
「あんたと結婚したって、朱志香ちゃんが幸せになれるわけ無いじゃない」
「ろ……楼座叔母さん!?」
戦人の狼狽えた声。嘉音の鼓動は一定のリズムを刻み続けるが、彼の息が少し乱れた、ような気がした。
「あんたみたいな使用人で義務教育に行かせてやった恩も忘れて主人を殺すようなやつに、朱志香ちゃんが喜んで嫁げるとでも思ってるの?私がそんなやつと姪を一緒にさせるとでも思ってるの?」
「う~……ママ?」
「ま……真里亞、聞くな……耳をふさいで、小さな声で……私に歌を聴かせてくれ。そうすれば真里亞には……何も見えない、聞こえない……!」
朱志香が掠れた声でそう頼めば、真里亞は椅子と背を向けあう形で立って、歌い出す。
それは楼座との幸せの想い出の歌。愛の無い視点で見ればただの古くさい童謡だけれども、真里亞にとっては楼座との数少ない想い出の歌。
幸せの呪文の、母とずっとずっと仲良しでいられる魔法の、最初の原点。
楼座は忘れてしまったのだろうか。
真里亞とあんなにも笑いあった日々を。
その間も楼座は嘉音を罵倒する。
けれど、真里亞には何も見えない、聞こえない、分からない。それだけが朱志香の救いだった。
黒き魔女へと足を踏み入れてしまった原始の魔女に、最後だけは幸せの白き魔法を授けたかった。
「どうせそこにいる源次さんも共犯でしょう?最初から信用なんてしてなかったわよ、この家具どもが!……真里亞、その椅子から離れなさい。離れなさいって言ってるでしょうっ!」
「真里亞……私の……ベアトリーチェの、最後の贈り物だ……歌、ありがとう。楼座叔母さんのところに行って、絶対に離れるなよ……」
「う~……」
それでも、もう限界だ。もしかしたら嘉音はここで殺人劇のフィナーレを飾るつもりかもしれない。だから、せめて最後だけは真里亞を母親と引き離すことはしたくなかった。どうせ皆殺されるのならば、真里亞と楼座を一緒にさくたろうたちとあわせてやりたかった。
顔は見られなかったが、真里亞は歌をやめると、素直に楼座のところへ歩いて行き、衣服にぎゅっとしがみついた。
「楼座叔母さん……何を!?」
銃を構え直す音が響く。おそらく楼座だ。
「家具どもを殺すのよ」
「なっ……!?」
「このまま恩知らずの家具どもと一緒に明日の朝までいっしょにいることなんか出来やしない。ならここで殺すしかないでしょ?」
「た……確かにそうだけどよ……ここで撃ったら朱志香だって危ないんだぞ!?」
狼狽えて楼座を止めようとする戦人に、朱志香は嘉音の身体越しに疲れたような声で呼びかけた。
「戦人……もう、良いんだ……私が悪いんだ……私が……っ!だから……叔母さん、私も……殺して……!」
朱志香ちゃん、と楼座が小さな声で呟くのが聞こえる。
嘉音と戦人は悪いのは朱志香ではない、と静かに否定する。けれど。
「私が……嘉音くんの想いに応えなかったから……」
もしもこの部屋で過ごしているどこかのタイミングで彼に愛を告げられたなら。
自室で薬を盛られる前に、嘉音の愛を受け入れられたなら。
切望の眼差しを向け、それでも家具ですからという彼に、想いを伝えることが出来たなら。
今日までのどこかで、諦めずに愛していると言えたなら。
文化祭の時、朱志香がはっきりと嘉音に愛している、と言ったなら。
「私が嘉音くんに告白していれば……こんなことにはならなかった……っ!」
「朱志香……」
嘉音の腕が一層強く朱志香を抱きしめる。
「朱志香ちゃん、騙されちゃダメよ。こんな家具の気持ちに応えて、だから何だっての?遊びにしかならないじゃない!」
それはとても正論かもしれない。楼座から見れば例え嘉音が本気でも、決して朱志香が本気になることを許されない遊びの恋なのだろう。いや、使用人と恋に落ちること自体が間違いなのかもしれない。
それでも、朱志香は楼座の言葉に反応することが出来なかった。
「やめろよ、楼座叔母さん!別の部屋に隔離すればいいだろ!」
「戦人くんは黙ってて!」
ヒステリックな応酬が続く。
使用人を殺す気であるのは確実で、まず楼座が狙うのは、間違いなく嘉音だろう。
いっそのこと自分も共に殺して欲しい、と朱志香はぼんやりと思う。けれど、きっと嘉音はそれを許してはくれないだろう。
「家具なんかと一緒にいられるもんですか!死ねぇっ、家具どもがぁぁぁぁ……」
ぱしゅん。
静かに弾が躍り出る音がした。聞こえるはずの楼座の銃声は聞こえない。
ぱしゅん。
ぱしゅんぱしゅんぱしゅん。
「か……嘉音、くん……!?」
「楼座叔母さん!!」
「ママ、ママぁっ……!ママぁぁぁっ!う~!う~!う~う~う~!!!!」
顔を嘉音の胸に押しつける形になっている朱志香は分からない。ただ、真里亞の母を呼ぶ悲痛な叫びが部屋の中にこだまするだけだ。
「楼座様が、死にました」
「なっ……」
「てめえ、他人事みたいに……!」
怒りに任せて吼える戦人を、源次が制す。
「戦人様、お静かに」
「でもよ、源次さん!」
「お静かに」
有無を言わさぬ、威厳のある声。戦人が黙ってから、嘉音はもう一度、繰り返し同じことを聞いた。
「朱志香……僕を愛してくれますか?」
「愛す……愛すよ……嘉音くんを……愛すよ……だからっ……だからもう、これ以上は……!」
これ以上は人を殺さないで?これ以上は無茶をしないで?どちらの意味で言いたいのか、朱志香には分からない。彼女に分かるのは唯一つ、さっさと彼にこの身も心もすべて捧げてしまえばよかったという後悔の気持ちだけだ。
「ありがとうございます……朱志香」
「うわあぁぁぁぁ……ママぁぁぁ……っ!」
真里亞の大泣きする声が聞こえる。戦人の慌てたような声が聞こえたから、楼座のそばに行ったのかもしれない。
--真里亞。真里亞が作った物語の中では楼座叔母さんは生き返ることが出来た。けれど、もう生き返らない……それが、無限の魔法の弱点。私は叔母さんを生き返らせることが出来ない……ごめん……ごめんな……真里亞……。
心の中でマリアに謝っていると、また静かに弾が出る音が聞こえた。
ぱしゅん。
「ぐああぁぁっ!?」
「戦人っ……!?」
ぱしゅん。
戦人の悲鳴。嘉音という檻に囚われた朱志香には何が起こっているのかわからない。
「さあ、朱志香」
彼が腕を解き、初めて書斎の状況を知った。
血を流して倒れ伏す息絶えた楼座。
楼座に駆け寄って母を呼びながら泣きじゃくる真里亞。
静かに傍に佇む源次。
そして、真里亞の傍で両足のアキレス腱から血を流して蹲る、戦人。
「戦人っ……それっ……」
この瞬間、朱志香はただの「人間」だったのかもしれない。純粋に彼の足が心配だった。
「朱志香……すまねぇな……お前のこと、助け出してやれなくて」
額に脂汗を浮かべながらも苦く笑う戦人が、純粋に愛おしかった。かつての白馬の王子様は、今はただの青年に見えた。出来ることならば今すぐ駆け寄って、手当をしてやりたかった。けれど手足の拘束がそれを許さない。源次に手当を懇願したものの、それは淡白に退けられた。老執事の眉間に、嘉音が片手で持っている銃の照準が合わせられていた。
「源次さん……!」
「お嬢様……昨日までの日々、楽しゅうございました。……ありがとうございます。では……先にお暇を頂きます」
「源次さん!?止めてっ、嘉音くん!!」
ぱしゅん。
ぱしゅん。
「源次さん!」
ゆっくりと頽れていく源次を目の当たりにして、朱志香と戦人が叫んだ。
「やめて……やめて!嘉音くん!もう、こんなことしないで!」
拘束された両手で必死に縋り付く彼女に、嘉音は優しく笑いかける。どうしてその手を血に染めながらこんなにも優しく笑いかけられるのか。けれど、その双眸には昏い昏い劣情の炎が宿っている。
こんなにあなたを愛しているのは自分だけなのに。あなたのためなら何でも出来るのに。
そう物語る瞳に囚われそうになる。
「朱志香……僕だけを、僕だけを見てください。僕だけを愛してください。その瞳に、僕以外の者を映さないでください」
囚われてはいけない。けれど囚われたい。相反する意思を押し込めて、朱志香はがくがくと頷いた。
どうせ、六軒島から出たところで行く当てなど無い。
右代宮という鳥籠から解放されたところで嘉音に愛され続ける永遠の鳥籠に囚われるだけだ。
それならもう、囚われてしまった方が楽かもしれない。
彼女の心はもう、嘉音への恋の炎を消すことなど叶わないのだから。
「ありがとうございます……さあ、朱志香。この鳥籠から、共に出ましょう。ずっと一緒にいましょう」
「朱志香っ!」
鋭く彼女を呼び止める声。力強く差し伸べられた腕。戦人だった。お前は幸せの白き魔女ベアトリーチェだろう、そう語るような表情。
朱志香には、もうそれだけで十分だった。
覚えていてくれただけで、もう良かった。
「戦人……ごめんな、ありがとう」
戦人の目が驚愕に見開かれる。
「朱志香っ!お前……!」
「ありがとう……覚えていてくれて……」
「朱志香……」
「私はやっぱり、無限の魔女じゃ、なかったのかな……」
それを面白くなさそうに眺めていた嘉音が語り出す。
「……戦人様。僕はあなたを一番殺したかった」
「嘉音くん!?」
「朱志香の魔法を否定したあなたが許せなかった。朱志香を傷つけて、のうのうとこの島に帰ってきたあなたが憎かった」
「ちょっと待てよ!俺はのうのうと帰ってきた訳じゃ……」
「いいえ。右代宮家を捨て、朱志香を裏切り、傷つけて……そこにいかなる理由があろうとも、それは言い訳にしかなりません。それなのに、帰ってくると聞いただけで朱志香は笑顔になられた。戦人様は朱志香を裏切った罪人なのに、朱志香様はどうして笑っていらっしゃったのか、姉さんに聞きました。許すつもりか、魔法を認めることを願っておられるかだと聞きました。ですが!」
明かされた真実。
嘉音だけの真実。
確かに右代宮戦人には罪があった。
嘉音の言うとおり、許すつもりだった。
「僕は、あなたを裏切った罪人を、あなたの鳥籠となった裏切り者を、どうしても許すことが出来ませんでした、朱志香」
「もう……いいよ、もういいよ、嘉音くん……!」
「その後はあなたに愛して貰うために、親族の皆様を手に掛けました。真里亞様の封筒を二度すり替え、礼拝堂の鍵を手に入れました」
「あれは……そんなものだったのかよ!?伝説の魔女様からの真里亞と楼座叔母さんへの幸せの贈り物じゃなかったのかよ!?二人の黄金郷への……招待状じゃなかったのかよ……!?」
嘘だと言って欲しくて、彼の腕に縋り付く。けれど彼はただ彼女の髪を梳くだけだった。
「騙して申し訳ありませんでした。けれど、僕はあなたを手に入れたかった。あなたに愛して欲しかった。そして、右代宮戦人が苦しんで死ねばいいと思いました。それからは朱志香の知っているとおりです」
戦人は何も言わない。
「……真里亞様。あなたがジェシカ・ベアトリーチェ様とお約束なさった黄金郷、僕が差し上げましょう」
真里亞が振り向き、まだ何も言わないうちに嘉音は銃弾を撃ち込んだ。
「真里亞ぁぁぁぁっ!」
「朱志香……あなたが僕だけを見てくださらなければ、」
足下の鎖が砕かれる。戦人の傍に駆け寄ることも可能。
「戦人様を殺します」
けれど、もう彼に人を殺して欲しくなかった。
「……っ、嘉音くんだけ、見てるから……」
嘉音の瞳の中に渦巻く哀しみを見てしまったから。嘉音が愛しかったから。泣かないで欲しかったから。
「だから……泣かないで、嘉音くん……」
ゆっくりと嘉音の胸に身体を預ける。もうここで蹂躙されてもいいと思うほど、朱志香は嘉音が愛しかった。
「ずっと前から……私も好きだったのに……ごめんな……」
「僕は……泣いているのですか?」
「私の知ってる嘉音くんは……こんなこと出来る人じゃない。本当の君は……多分泣いているんじゃないかな……」
手錠の填められた両手で嘉音の頬に触れる。
「大好きだよ……嘉音くん」
「朱志香……!」
朱志香、朱志香と繰り返し名を呼びながら、嘉音は彼女を抱きしめる。
それはなんて強い力。
手錠の外された腕は迷わず彼の背に回した。
「愛しています、ずっと愛しています!朱志香……!だから……だからっ」
「私も……ずっと愛してるぜ……嘉音くん……君の本当の名前、聞きたかった……」
「僕の、本当の名前は……」
彼がこの世に生まれ出でたときに付けられた名前を囁かれる。ずっと聞きたかった、嘉音の本名。
家具ではない嘉音に、本当の名前を添えて愛している、と囁き返す。
「大好きです、愛しています、僕の朱志香……!」
もうすぐ時計の針が零時を示す。時刻になってしまえばこの島中に仕込んだ爆薬が火を噴く、と彼は言った。
かつて金蔵が黄金の魔女を囲っていた九羽鳥庵に逃げ込めば、3人は助かるかもしれない。ああ、けれど、もうその時間はきっと残されていない。それでもいい。ほんの一瞬でも心を通わせることが出来たのは僥倖と言うべきなのだから。
彼女にとっては嘉音と一緒に死ねるのならば、本望だった。
「朱志香……未来を、与えられなくて申し訳ございません」
「いいんだ……もう、私は……」
二人で戦人のほうを見ると、彼はもう虫の息だった。これ以上苦しめたくない。安らかに眠らせてやりたかった。
銃を向ける嘉音の腕を押さえ、やんわりと銃を奪う。
「朱志香……?」
「最後ぐらい、私がやるよ……私を心配してくれて、ありがとうな、戦人。そして……さよなら」
ぱしゅん!
放たれた弾丸は戦人の心臓に着弾し、彼はこれ以上苦しむことなくこの世に別れを告げた。
最期の時に、彼が安らかな顔をしていたのがせめてもの救いだった。
それから朱志香は嘉音に抱きかかえられてもう一度ベッドへともどる。本当の愛を込めて、優しく甘い口付けを交わす。
「嘉音くん……」
「嘉哉と呼んでください……」
「嘉哉くん……っ……」
戦人達が来る直前にしていた行為を再びしているだけなのに、そこには快楽や恐怖との葛藤はなかった。ただただ暖かな肌を触れ合わせ、甘やかに愛を交わす。朱志香の中に広がるのは、愛する者と一つになれる歓びと、体温を分け合う安堵感から来る官能のみ。あれほど彼女を凌辱した指先は今は暖かな愛を持って彼女に愛の歓びを教える。
一つになる痛みすら、今は愛おしかった。
たとえ愛欲の淵で果てる前に彼女たちの生命の火が消えたとしても、悔いはなかった。

そして、零時の鐘が鳴った。狂気の宴は終わりを告げたのだ。

その後、六軒島大量殺人事件の真相は闇に葬られたままである。
だから誰も知ることはない。
幸せの白き魔女が愛し、愛された騎士の狂おしい愛の物語を。
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