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カノジェシで嘉音くん変態シリーズ第3弾です。
本当ごめんなさい。

嘉音くんが変態です。
あとR15です。
ではどうぞ。

妄想少年の恋愛事情



拍手[4回]


某月某日、雨。
今日は船が出せないのでお嬢様はお屋敷におられる。お勉強が忙しいのは仕方ないが、たまには僕も紗音みたいにお嬢様と遊びたい。
もう家具だからとかそういうことは言っていられない。
だってお嬢様を中心に世界はまわっているのだから!

恋愛少年の妄想事情

「拝啓、右代宮朱志香様
この間の文化祭の夜は心にもないことを申し上げてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
本当はずっと前からお嬢様のことが好きでした。愛しています。結婚してください。指輪も式も最高のものにするとお約束します。
それからその後の人生も絶対幸せにして見せます。
プランはちゃんと立ててあります。今すぐ結婚しても大丈夫です。
具体的にいつからお嬢様が好きだったかというと多分初めて出会ったときから好きでした。あなたの太陽のような微笑みに、明るく優しいご気質に、僕は一目惚れをしてしまったのかもしれません。
そして、文化祭でお嬢様の楽しそうな姿にますます心を奪われました。あの夜、酷いことを言ってしまったのは家具と人間が恋愛などしてはいけないという規範に囚われていた僕の愚かさのせいです。
しかしもう僕も自分の気持ちを偽るのは限界になってしまいました。
もう一度言います。
お嬢様が好きです。
お嬢様、嗚呼お嬢様、お嬢様。恋しい恋しいお嬢様。
適当に仕事をさぼってあなたの学校に潜入してしまいたいぐらい愛しています。
お嬢様にふられてしまったら、僕はもう生きていかれません。
本当は四六時中お嬢様との新婚生活を夢見て生きています。たまに紗音に怒られます。
ですから今度僕を学校に招いてくださるときはちゅーしてください。僕もお嬢様に怒られるまでぎゅーしますぅ?……あ~、やっぱやめた。うん、なんでもない」
突如後ろから聞こえた声に、使用人室の机で書き物をしていた嘉音は青筋を立てながら振り返った。声の主は六軒島の魔女ベアトリーチェ。退屈しのぎのためだけに紗音と譲治の恋を取り持ち、ついでに嘉音と朱志香の恋も取り持ってやろうというとんでもない御仁である。
「何ですかベアトリーチェ様。僕のお嬢様へのラブレターにケチでもつけるおつもりですか」
「いや、お前その手紙渡すつもりか?正気か?ふられるぞ」
ベアトリーチェの顔は露骨に引きつっている。嘉音のいうラブレター、とは冒頭でベアトリーチェが読み上げた嘉音が書いていた手紙である。
「何故ですか。僕のお嬢様への恋心があふれんばかりに綴られているのに……」
「恋心なのは良いがな、それはもはやストーカーであろう」
「一体どの辺りがですか。きっとですね、この手紙をお嬢様に渡せば……」
ますます引きつった顔をするベアトリーチェを余所に、嘉音は手紙を渡したときの朱志香の反応を思い描く。

『嘉音くん……これ……』
朱志香は手紙を読み終えると縋るような目で嘉音を見つめる。
『それが僕の気持ちです。もうアヒルでも構いません。お嬢様と一緒に生きていきたいんです!』
彼女の手を両手でぎゅっと握りしめると、目の前の恋しい少女はほんのりと頬を染めて目を潤ませる。
『嬉しい……嬉しいよ、嘉音くん。ありがとう……』
可愛い。きっと彼女は宇宙一可愛い。もう堪えられない。
『愛しています、お嬢様!』
手を離してぎゅっと抱きしめると、彼女も抱きしめ返してくれる。
『私も、私も大好きだぜ、嘉音くん!』
『お嬢様!大好きです!』

「お嬢様……!」
「……おぬし、それどこのギャルゲーだ?妾そんなもの貸した覚えはないぞ?というか朱志香の盗撮写真に思い切りキスするな、痛々しいぞ」
何時の間にやら取り出した朱志香の写真に感無量で口づける嘉音に、ベアトリーチェが制止をかける。愛しい朱志香との逢瀬のイメージトレーニング(だと本人は思っている)を邪魔されて嘉音は面倒くさそうに魔女のほうを向く。
「まだいたんですか。いい加減帰ってください。僕は忙しいんです」
「どこがだ、この暇人め。紗音は真面目に仕事をして、たまの休憩時間だから朱志香と談笑しておるというのに……紗音ぐらい真面目に働いておれば妾も願いを叶えてやろうと張り切るのだがのう」
「姉さんがお嬢様と一緒にいるんですか!?」
どうでもいいところに食いついてくる嘉音に魔女はこの日何度目か分からない「うわぁ」という間抜けな声を出した。椅子まで蹴倒すただならぬ様子にまずは落ち着けと宥める。
「いつものことではないか。紗音も朱志香も楽しそうだぞ?何の不満があるというのだ」
「姉さんばっかりお嬢様に好かれて姉さんばっかりお嬢様に好かれて姉さんばっかりお嬢様に好かれて……」
「聞けよ」
「何で姉さんばっかりお嬢様と仲良くするんですか!僕もお嬢様とお茶が飲みたいです!それでこっそりお嬢様のベッドに僕の髪の毛入りの人形とか置きたい!」
「今度は何を読んだお前は!」
別にこれといって読んだものはない。ただ本屋に入った折に恋のおまじない特集なる雑誌を立ち読みしたら載っていただけだ。
嘉音が右代宮家に勤め始めたときから紗音は朱志香と仲が良かった。彼が家具だという意識を強く持っていた頃はあまり感心しなかったことだが、今となっては紗音が妬ましくて仕方がない。
嘉音だって朱志香の部屋で一緒にお茶を飲みたい。紗音ほどドジを踏まない自信はあるから、きっと朱志香にも満足してもらえるはずだ。
『嘉音くんは何でも出来るんだな!見直したぜ』
『全てお嬢様に喜んでいただくために練習しました』
褒めてくれたら取って置きの笑顔を見せて、彼女の指先に口づける。きっとそれだけでウブな彼女は頬を赤く染めるだろう。そうしたら自分はポケットから彼女のために買った数々のアクセサリー(今回はネックレス)を贈るのだ。
『お嬢様にお似合いになるかと思いまして……』
『ありがとう、嘉音くん!……それで、その……これ、つけるの手伝って欲しいんだ』
『お安いご用です』
ネックレスを受け取ると後ろに回り込み、留め具を掛ける。鏡台から手鏡を持ってきて見せる。
『良くお似合いですよ。お美しいです』
『嘉音くん……へへ、照れるぜ……』
朱志香は頬をもっと赤く染めて照れ笑いをする。その仕草がたまらなく可愛らしい。鼻先で揺れる金髪からは良い香りがする。彼女の言葉も仕草も、声も匂いも全てが嘉音の理性を揺さぶる。つい吸い寄せられるように目の前の少女を抱きしめた。
『か、嘉音くん!?』
『お嬢様……ご存じですか?』
『な、何を……?』
『男性が女性にアクセサリーを贈るのは、独占欲の表れなんです』
熱い吐息と共に耳元で囁いて、赤くなった耳たぶに口付けを落とす。
『ひぁっ……!あ、……やめっ……』
『愛しています、お嬢様……』
そのまま耳朶に舌を這わせながらベッドへと押し倒す。彼女の身体を仰向けにすると、切なげに潤んだ眼差しとぶつかる。半開きになったままの桜色の唇に口づける。舌を差し込めば、朱志香の小さなそれが逃げようと抵抗する。
『ん……』
逃げる舌を捕まえて絡ませる。いったん唇を離すと、朱志香のとろんとした目が見つめてくる。
『お嬢様……よろしいですか?』
『あ……あの……朱志香って……呼んで……』
それは恋を知った乙女のささやかな願い。嘉音が乱したシャツもそのままに、彼女は指を彼のそれに絡めた。
紛れもなくそれは行為の了承の合図。
『朱志香……』
『優しく……してね……?』
『かしこまりました』
優しく微笑んで、嘉音は朱志香の首筋に唇を這わせた。
「お慕いしています……朱志香……」
先ほどの朱志香の写真を抱きしめて感じ入っている嘉音の後ろでは、ベアトリーチェが呆れた顔をしてちょうど入ってきた紗音に声を掛けていた。
「お、紗音~。この暇人なんとかしろ。妾ではこいつの妄想についていけん」
「あ、ベアトリーチェ様。嘉音くん、前からこうなんです。ほら嘉音くん、お嬢様にお洗濯ものお届けしてきて」
紗音は嘉音の肩をぽんぽんと叩くと、朱志香の写真を取り上げて代わりに洗濯物一式を持たせた。嘉音はしばし洗濯物と見つめ合った後、こくんと素直に頷く。
「これ、全部お嬢様の……?」
「そうよ」
「量が多いようには見えんが?」
「じゃあこれ、お嬢様のハンカチ?」
「そうよ」
「そっち!?」
魔女のツッコミを無視して、嘉音は洗濯物に頬ずりをする。それから鼻の下がのびているだらしない表情をきりりと引き締めると、使用人室を出た。
なんと言ってもこれから朱志香の部屋に行くのだ。だらしない顔をして会うわけにはいかない。いつも通りクールに、かつ紳士的に振る舞うのだ。
こんこん、とドアをノックする。
「は~い。入って良いよ」
中から朱志香の元気の良い声が聞こえる。入って良いとのことなのでドアをあけて入る。
「お嬢様。お洗濯ものをお届けに上がりました」
「わ、か、嘉音くん!?」
彼女は入ってきたのが嘉音だと分かるとわたわたとそこらのものを片づけ始めた。もともと散らかっているわけでもないので片づけものはすぐ終わり、その辺に座っているように指示される。
「ごめんな、この問題だけ終わらせちゃうからちょっと待って」
「はい」
朱志香が問題集に向き直っている間に、嘉音はベッドに座って部屋の中を見回す。彼は男性だからこの部屋に入る頻度はそう多くない。そもそも女性の部屋に入る頻度自体が少ないのだが、朱志香の部屋は右代宮本家の令嬢らしい気品があると思う。
その部屋の主も普段は男勝りで言葉遣いこそ荒いが、正式な社交の場などでは気品あふれる令嬢の振る舞いをしているのではないか。彼はそういう場所に行ったことがないけれど、パーティーから帰ってきたときに夏妃が彼女に小言を言うことは滅多にない。強いて言えば男性への対処の仕方ぐらいか。
--お嬢様が男という名の危険な狼に誑かされないように……お嬢様は僕が守る!
どう考えても一番危険な狼は嘉音なのだが、彼は全く気付かない。ついでに言えば、朱志香も嘉音が自分を誑かそうとしている狼だとは気付いていなかった。
そうこうするうちに問題が解けたのか、彼女はぱたんと問題集を閉じるとこちらに向き直った。
「悪い悪い、ちょっと手が放せなかったもんだからさ……それで、ええと、せ、洗濯物だっけ?」
「はい。お届けに上がりました」
「届けに来てくれただけなのにごめんな……悪いことしちゃったぜ」
届けに来ただけだと思ったのか、朱志香は気まずそうに笑う。文化祭のことをもしかしたら引きずっているのかもしれない。
繊細な彼女のことだ。嘉音に迷惑を掛けてしまったとか、気まずくなってしまったとか後ろめたい想いも抱えているのだろう。
「いえ、僕はおじょ……じゃなかった、家具ですから」
本音を言いかけて、慌ててお決まりの台詞で繕う。朱志香がまた傷つくことに罪悪感を覚えながら、彼はそれ以外にどうすることも出来なかった。
いや、彼にもう少し勇気があれば本音を言えたのかもしれない。けれど、一度手酷く拒絶しておきながら恋心を告げることが彼女にどう思われるかが気になって、なかなか喉の奥から出すことが出来ない。
目の前の少女はいつもの太陽のような微笑みではなく、少し悲しげな微笑みを浮かべた。ずきりと胸が痛むのを感じる。
「……もう、家具ですから、ってところには何も言わない。……でも、一つだけ教えて」
「はい」
「家具ですから、の前。なんて言おうとしたの?」
真剣な瞳。その光に囚われて、逃げ道を失ってしまいそうだ。いや、逃げ道など本当はないのだ。
彼にあるのはただ、その思いを告げるのみ。
「お嬢様と……」
「……私と?」
「お嬢様と一秒でも長く一緒にいたいですから、と」
「……え?」
朱志香が呆気にとられたような顔になる。次いで、その可愛らしい顔がほのかに赤く染まった。
--そうだ、ここであのラブレターをお渡しして……あれ、無い!使用人室に忘れてきた!?
使用人室で先ほどまで書いてきたラブレターはどうやら忘れてきてしまったようだ。あれを渡しても嘉音の恋が実るかは怪しいところなのだが、彼はそんなことはお構いなしにどうしようと考える。
--どうしよう……僕が言葉で言うしかないのか?そうだ、言葉で言うしかない!
「……嘉音くん?」
「お嬢様!」
おずおずと嘉音の額に手を伸ばしてきた朱志香の肩を掴んで叫ぶ。
「は、はいぃっ!」
「す……すっ……」
「す?」
「す、好きです!」
その瞬間、朱志香の頬がまるでぽん、と音がしたかのように真っ赤に染まった。
「え……え!?す、好きって……その……友達としてとか、雇用者としてとか、そういう……意味……だよな……きっと」
真っ赤に染まった頬を鎮めるためなのか、彼女はきゅっと目を瞑ってふるふると首を横に振る。
「違います。お嬢様を……朱志香様を1人の女性としてお慕いしています!」
暫く呆然としていた朱志香の瞳が潤む。
「お気に障ったのならすみません……ですが僕はもう家具ではいられないんです!お嬢様のことを想うたびに人間になりたくなる、お嬢様と心おきなく愛し合いたいんです!」
「嘉音……くん……ありがと……私も……私も大好きだぜ!」
ぎゅっと抱きついてくる彼女の温かさに、彼は密かに言って良かった、と小さくガッツポーズをした。要するに感無量。
もうこの先、どんな魔女(ベアトリーチェ含む)が出てこようと、どんな悪魔が2人を引き裂かんとしようと、嘉音はずっと朱志香の傍にいる。それが2人の幸せへの近道なのだから。
このことが妄想ではなく事実だという幸せをかみしめながら。

洗濯物を無事に朱志香のクローゼット(少し中に入りたい、と思った)に仕舞い、使用人室に戻ってきた嘉音はゆっくりとドアを閉めた。
あたりに郷田やら郷田やら郷田がいないことを確認して叫ぶ。
「ぃやったぁぁぁぁぁぁ!」
「なんだ、騒々しい……」
「嘉音くん、どうしたの?お嬢様のお部屋の良い匂いにとうとう理性の糸でも切れちゃったの?」
なんだなんだとこちらに寄ってくる魔女と姉に早速報告してみる。
「お嬢様と結婚します」
「は?」
魔女はぽかんとして聞き返し、姉はあらあらと笑った。
「お嬢様に告白してきました。もう僕たちは夫婦も同然、式は大安吉日です!」
「プロポーズしたの?」
「え?」
「結婚してください、って言ったの?」
「え、姉さん、つき合うことになったらイコール結婚じゃないの?」
紗音は夏妃の機嫌の悪いときのように頭に手を当てると、ふぅ、と大きく溜息を吐いた。
「……あのね、嘉音くん。結婚するのは指輪をあげて結婚してください、って言わなきゃいけないのよ」
「お嬢様に、指輪……」
「嘉音くん?聞いてる?ちょっと、涎垂らさないで!もう!」
紗音の怒声をバックミュージックに、彼は朱志香にプロポーズする様を想像した。勿論紗音が譲治から受けたプロポーズを参考にしている。
『お嬢様……結婚してください』
薔薇園の東屋で朱志香にダイヤモンドの指輪を渡す。ベルベット地の箱の中に鎮座する美しい指輪に、彼女は瞳を潤ませた。
『嘉音くん……でも、その……いいの?』
『はい。これはお嬢様のお気持ちだけが頼りになりますから……それと、今ひとつ約束違反がありましたよ?』
優しくその大きな瞳をのぞき込むと、朱志香はぽん、と顔を赤くした。
『あ……』
『僕も2人きりの時は朱志香とお呼びします。ですから……』
きっとどこかで告げられるであろう彼の本名を、彼女は照れながらもしかし確実に紡いでくれる。
『よ……嘉哉くん……って呼ぶよ……わっ』
顔を赤く染めながらはにかむ恋人を抱きしめる。あまりにも可愛らしくて理性をつなぎ止めるのにも一苦労だ。
朱志香が愛おしい。
朱志香と共に生きていきたい。
もう自分が家具だからなんて関係ない。
きっとこの命は朱志香を愛するために生まれてきたのだから!
『愛しています。一生朱志香を大切にします。ですから、一晩良くお考えになって、明日の朝までに朱志香の返事を聞かせてください』
『嘉哉くん……』
『今僕がここであなたの左手の薬指に指輪を通すことも出来ます。しかしそれは朱志香の意思じゃない』
一度体を離して見つめ合う。耳まで赤く染まった顔に潤んだ瞳の朱志香が可愛らしい。彼女は切なそうに眉を寄せて嘉音の次の言葉を待つ。だから、彼は告げる。
『もし僕の求婚を受けてくださるのなら、この指輪をお好きな指に着けてください』
『う、うん……』
おずおずと朱志香は指輪に手を伸ばし、ゆっくりと彼女の左手の薬指に通した。それは間違いなく求婚を受け入れる合図。
『私も……嘉哉くんを幸せにする……ぜ……えへへ』
その照れた笑顔に愛しさを感じる。やっと手に入れられる彼の太陽を、嘉音は思い切り抱きしめた。
『朱志香……ありがとう……』
「……のう嘉音。お主それ、どこから出した?」
「……まだいたんですか。常に携帯していますよ」
自主規制が必要な妄想に浸っていた嘉音が出して抱きしめていたのは朱志香がプリントされたピローカバーだった。ビキニタイプの白い水着が良く映える素肌が眩しい。
「去年の某夏の祭典で買ってきたんですよ。私も譲治様のピローカバーを三枚ほど持っているんです」
嘉音の涎を綺麗に拭いていた紗音がにこにこととんでもないことを暴露する。そう、このピローカバー、譲治の友人や朱志香の同級生が自主的に作って売っていたものなのである。
嘉音と紗音は何回も一部の間からは祭典と呼ばれる盆と年末に開催される同人イベントに出ている。その形態は本(同人誌)を売るサークル参加と買い手にまわる一般参加と時によって違うが、毎回参加していることに代わりはない。
カタログを買って朱志香や譲治が描かれた本を探し、当日は始発で会場に行って目当てのものを買う。それは常に思いを確かめ合えない彼らがたどり着いた年に二回の癒しの時だった。
「……で、お主らはこのような本を書いていた、と……」
ベアトリーチェはじとりとした目になって二冊の本を取り出す。一冊はソファーで寝ている譲治に寄り添う紗音が描かれた本、もう一冊はピンク色の浴衣をしどけなくはだけて赤い顔をした朱志香が描かれた本。
「それ、私の『眠るあなたに愛を込めて』!」
「それ、僕の『お嬢様とらぶらぶ☆夏祭り』!」
2人がそれぞれの本のタイトルを叫ぶと、魔女は露骨にげんなりとした顔になった。
「……紗音はともかく、嘉音、そのタイトルはどうなんだ?ん?朱志香にこれを見せたらなんて言うかの」
「もっと僕を好きになってくれます!」
この同人誌を読んで、朱志香が嘉音に幻滅するはずはないと彼は確信している。どんなに痛々しくてもそれは彼の想像上の真実であり、魔女にも現実を告げることは出来なかった。
「妄想もほどほどにの」

休憩時間中、朱志香に会いに行くとそこには先客がいた。
「なんでいるんですか、ベアトリーチェ様」
「あ?妾がどこにいようが勝手であろう」
ベアトリーチェは至極面倒くさそうに吐き捨てると、それより、とベッドに座る朱志香に向き直る。彼女は困ったような顔をして、嘉音くんもこっちにおいでよと手招きした。可愛い。
「朱志香、お主、本当に嘉音でよいのか?」
「へ?え、な、なにが……?」
「人の恋路に介入するな!この詐欺師!」
魔女の質問によく分からないといった風に狼狽える朱志香。おろおろする彼女は十分に可愛いが、問題発言をして人の恋路を掻き回す魔女には抗議をするべきだ。
「くっつけてやろうと思った張本人の妾が言うのもなんだがな、こやつはとんだ変態だぞ」
「か、嘉音くんが変態って、どうしてまた……?」
「お嬢様、こんな詐欺師の言うことを聞いてはいけません!」
朱志香の耳を両手でふさぐと、彼女はまた不可解そうに首をかしげた。ところがベアトリーチェはぱちんと指を鳴らすと執事を呼び出す。
「お呼びでしょうか、ベアトリーチェ様」
「嘉音を縛っておけ。妾はこれから朱志香とガールズトークをするのだ」
「ガールズって年齢か!?」
「年齢に決まっておろうが!」
そうは見えないぞこの魔女が、と叫んだところで嘉音の意識は途絶えた。
次に目が覚めたとき、彼は柔らかで張りのある暖かなものを枕にしていた。それにそっと触れると、上の方からひゃあ、と小さな悲鳴が聞こえる。
「朱志香様……?」
「大丈夫?嘉音くん」
もう一度触れる。
「わっ……くすぐったいからよしてくれよ」
明るい笑い声。嘉音が枕にしていたのは朱志香の太股だったのである。
「も、申し訳ございません!……って、あれ、じぇ、朱志香様……そ、それは……」
彼女に向き合った彼は絶句した。なぜなら今の朱志香の格好はいつものブレザーにミニスカートではなかったからである。
彼女の美しい肢体を覆うのは紺色の伸縮性のある布。肩から先と脚が惜しげもなく晒され、胸元には『じぇしか』と書かれた白地の布が縫いつけてある衣装、つまりスクール水着である。いつものハイソックスはフリルの付いたニーソックスへと変貌を遂げている。ニーソックスにはガーターベルトが取り付けられ、水着の腰の辺りに装着されていた。それより何より目を引くのは、朱志香の頭から生えている白の猫耳と尻の辺りで揺れる同色の尻尾だった。彼女は顔を赤らめてはにかむ。
「ベアトリーチェが、嘉音くんの日頃の疲れはこうすれば癒せる、っていうから……」
「朱志香様……」
スタイルの良い朱志香の胸元はボディラインが丸見えになる水着によってその曲線美がさらに強調されており、ゼッケンに書かれた『じぇしか』の文字もゆがんで見える。さらに少々きついらしく生地の食い込みに顔をゆがめる様も扇情的に映る。まじまじと見つめられて恥ずかしいのだろう、彼女の頬は真っ赤に染まり、そろそろと腕を上げ掛けてはしかし嘉音を癒したいという願望故か降ろすことを繰り返している。
「で、でも、この水着、ちょっときついんだよね……はは……」
「その猫耳と尻尾は……」
「魔女様が魔法で……なんか癒されたら戻るらしいぜ」
照れたようにぴょこぴょこと動く耳。ゆらゆらと揺れる尻尾。触りたい。撫でたい。
「朱志香様……」
「ん?」
「良くお似合いです」
「あ、ありがとな……」
ふらふらと手が耳に触れる。ふにふにと触っていると、朱志香が照れたように笑う。
「そんなに触られるとくすぐったいよ」
「気持ちいいですか?」
「ん……どうだろう……気持ちいい、のかな……?」
「では、こちらはどうですか?」
耳から手を離して尻尾を握る。
「にゃうんっ!……え!?」
彼女はびっくりしたのか猫のような悲鳴を上げる。そして、一瞬後に何を口走ったのかと唖然とした。
「お可愛らしいです」
そう言いながら尻尾を撫でさすってみる。この間の祭典で買い込んだ朱志香に猫耳と尻尾が生えた本(勿論年齢制限付きだったのでたまたま同行していた譲治に頼みこんで買ってきてもらった)では尻尾を握ったり撫でたりすると、彼女が可愛らしく鳴いたシーンがあった。が、嘉音が期待していたような自主規制が必要な反応はなく、朱志香は困ったように尻尾と嘉音を見比べているだけだった。
「朱志香様?」
「あ、あぁ、ごめん……尻尾、そんなに気持ちいい?」
「え?」
確かに触った感じはとても柔らかな毛並みで、ふわふわしていて気持ちが良い。しかし朱志香は小刻みに震えており、見せておく必要の無くなった二の腕をさすっていた。
「朱志香様……もしかしてお寒いのですか?」
「あ、あはは……ちょっと、この季節にこれは……くしゅん!」
現在は夏も終わりに近づいた季節である。まだ水着の出番は終わっていないと主張すればそれまでだが、さすがに夕方にこれは寒いだろう。くわえて冷房の効いた部屋である。このままでは風邪を引くのも時間の問題だろう。上着を着せなければとブレザーを探すが見あたらない。
「朱志香様、あの、今日のお召し物は……?」
「あ……ベアトリーチェに魔法で変えられたから……持って行かれた、かも」
あの変人魔女、と嘉音は心の中で毒づく。しかし優先すべきは朱志香を暖めることだ。クローゼットから出しても良いが、冷えた上着を着せるわけにはいかない。そのとき、嘉音の頭の中で電球が光ったような気がした。
「失礼します」
「え……え!?」
ぎゅっと抱きしめて、ベッドにそっと押し倒す。何度も何度も夢を見て、イメージトレーニング(という名の妄想)してきたことだ。
朱志香はわたわたと顔を赤くして慌てている。その仕草もまた可愛い。
「お体が暖まるまで、僕があなたの布団になります」
「ええええ!?」
だがしかし、布団になりきれるかどうかは不安があった。しつこいようだが現在の朱志香はサイズの合わないスクール水着姿。ボディラインが強調され、向かい合わせに抱きしめて押し倒す体勢だと胸が自然と当たってしまうのである。加えて彼女の髪から漂う良い匂いが嘉音を酔わせる。朱志香もそれに気付いたらしく、自らの手のひらで胸の辺りを覆う仕草をして真っ赤になった顔を背けた。
「か、嘉音くん……ダメだよ、そんな……嘉音くんが風邪、引いちゃう」
「大丈夫です。朱志香様がお風邪を召されたら、僕は心配で仕事が手に付きません」
「あ……そ、そんな……」
2人の視線が絡み合う。潤んでかすかに揺らめく瞳。その瞳に魅せられて、つい顔を近づける。
「か、嘉音、くん……?」
「朱志香様……」
そして、唇が近づいて。
「失礼します。お食事のご用意が整いました……って……」
ノックの後にドアが開かれた。ぱっと2人同時に離れて振り向けば紗音がいる。
「ね、ねねねねねね姉さん!?」
「しゃ、紗音!?」
「え~と……うん、嘉音くん、私お嬢様のお着替えを手伝ってから行くから先に行ってて」
少し固まった後、紗音はにっこり笑って食堂のほうを示す。
「ぼ、僕がお嬢様にお着替えさせるから!」
「だめ。お嬢様がお着替えできなくなっちゃうでしょ?」
「しゃ、紗音」
「はい、お嬢様」
「あの、ベアトリーチェが、その、嘉音くんが変態だとかなんだとか言ってたんだけど……それと私が着替えられなくなるのと、何か理由があるのか?」
胸元を押さえた朱志香が尋ねる。
「はい。お嬢様のお着替えがお着替えにならなくなります。例えばですね……」
紗音は朱志香の耳元に何かを囁いた。途端に彼女が真っ赤になる。
「え、で、でも、その……嘉音くんは、もっと紳士だったぜ?」
「いいえお嬢様、騙されてはいけません」
紳士、という単語からおそらく嘉音についてまともな情報が伝わっていないことを悟る。さらに朱志香に変なことを吹き込むつもりの姉に嘉音は怒鳴った。
「姉さん!どうしてそう僕を変質者扱いするの!?」
「だって本当のことじゃない。お嬢様のシャツの匂い、嗅いでたでしょ?それに嘉音くん、この間の使用人の自室を含む使用人室の総点検の時に嘉音くんの部屋からお嬢様の下着が出てきたよね?」
「か、嘉音くん……あの、わ、私……その……」
耳はぴょこぴょこ、尻尾はゆらゆら。困ったような真っ赤な顔で、朱志香はこちらを見つめてくる。なんて可愛らしい。だが、その視線はもしかしたら嘉音を責めるものなのかもしれない。あるいは、彼と恋人になったことを後悔しているのか。絶望的な気分で朱志香に縋る。
「じぇ、朱志香様、あの、その、違うんです、これは……」
「えっと……嘉音くんが、望むんなら……いいよ?ちゃんと返してくれれば……」
真っ赤な頬で、困ったような顔で、蚊の鳴くような声で囁かれた言葉は、しっかりと嘉音の耳に届いた。後光が見える。可愛い。
「朱志香様!」
思いあまって彼女の身体を抱きしめる。これからはちゃんと返そうと嘉音は心に誓った。

お嬢様、嗚呼お嬢様、お嬢様。
僕はあなたのことを愛しています。世界で一番大事な人。
例え茨の道が待っていようと、必ずや幸せにして見せます!
だってこの世界はお嬢様を中心にまわっている。
「お嬢様の前では万物が背景になってもぶっ!」
ごん、と鈍い音がして振り向けば、紗音が六法全書と書かれた分厚い本を持って笑顔で立っていた。
「ね、姉さん……?」
「嘉音くん?万物に譲治様や私は含まれるのかなぁ?」
「え、当たり前じゃn……」
紗音の顔が一瞬にして恐ろしい顔へと変わる。そう、それはまるで文化祭で入ったお化け屋敷の……。
「よくも私たちを背景扱いしてくれたわねぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

魔女の棋譜
使用人・嘉音
事件前に死亡?
死因は不明。おそらく傍に落ちていた六法全書を受けてのものだと思われる。
ダイイング・メッセージによると「朱志香様、結婚してください」とのこと。
「誰が鬼の形相ですって?」(by紗音)


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