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彼女は今日も毛糸を繰る。
愛しい人が寒くないように。
繰り合わせた毛糸で愛しい人を絡め捕って、どこにも行かないように。
絡まり合った毛糸のように、自分の想いが届くように。
マフラー
「クリスマスプレゼント、紗音は何がほしい?」
ある日の昼下がり、朱志香が唐突にそう聞いた。彼女の傍で紅茶を淹れていた紗音はぎくりと身を震わせた。
「クリスマスプレゼント、ですか?」
「うん」
紗音は暫し考え込む。
どう返したら良いだろうか。
きっと朱志香にとって紗音は親友以外の何者でもないだろう。
だからこの問いも友達に欲しい物を聞くという以外の意味はないだろう。
けれども紗音にとって朱志香は友達以上の存在だった。
「そう、ですね……お嬢様は何が欲しいですか?」
紗音にとって、朱志香という少女は友達以上の存在だ。
自分が仕える令嬢である彼女は、紗音が右代宮の屋敷に仕え始めたときから暖かくて優しい存在だった。
朱志香と友達になって、どんなに辛いことがあっても乗り越えられるようになった。
同時に朱志香に辛いことがあったら癒したいと思うようになった。
けれども2人が成長して、朱志香が初恋を覚えたとき、紗音の胸がちくりと痛んだ。
どうして相手が自分ではないのだろうと思った。
その痛みは、思いはどんどん膨れ上がり、今では朱志香に友達としか思われていないと実感する度に胸がズキズキと痛んだ。
だから朱志香のクリスマスプレゼントのリクエストを促す問いに問いしか返せなかったのだ。
けれども朱志香は気を悪くすることなく答えた。
「私は特にないけど……マフラーとか貰ったら嬉しいかもしれない」
その日から紗音はマフラーを編み出した。
言った後に名案を思いついたような顔をしていたから、きっと今年の朱志香からのプレゼントはマフラーだろう。
薄桃色の毛糸を繰りながら紗音は考える。
朱志香はきっと使用人全員のプレゼントを用意するだろう。
その中にはきっと嘉音もいるはずだ。
嘉音は朱志香に恋い焦がれている。
隠しているつもりでも周りには丸分かりで、気付かないのは朱志香くらいなものだろう。
嘉音にだけは負けるわけにはいかない、と紗音は思う。
嘉音は男で、朱志香に恋をするには自然ではあるけれど、彼女に恋い焦がれるのは紗音も同じなのだから。
そこで紗音ははたと気付いた。
「……そっか」
小さな頃から感じてきた朱志香への想いは、恋心なのだ。
誰よりも朱志香の傍にいたいのは、朱志香が好きだからなのだ。
朱志香の恋に胸が痛むのは、嫉妬していたからなのだ。
だから紗音は毛糸を繰り続ける。
2人の思いが絡み合うように。
自分の恋心が朱志香に届くように。
クリスマスの朝、紗音は薄桃色の包みを持って朱志香の部屋へと急いだ。
三回ドアをノックすると朱志香の返事が帰ってくる。
「誰?」
「お……おはようございます、紗音です」
そう返すと入室の許可と共にドアが開いた。
ドアの向こうには紗音が恋い焦がれてやまない愛しい笑顔がある。
「おはよう、紗音。どうしたんだよ?」
「その、クリスマスプレゼント、を……」
頬が熱くなるのを感じながら、紗音は持っていた包みを朱志香に差し出した。
「メリークリスマスです、朱志香様」
朱志香は目を見開いて、ついで頬を染めてふわりと笑った。
「ありがとう、紗音!その、私も紗音にプレゼントあるんだ」
朱志香はほんの少し頬を染めて、薄緑色の包みをくれた。
「ありがとう……ございます」
「マフラー以外にも考えたんだけどさ、あんまりいいの思いつかなくて……だから結局マフラーになっちまった」
朱志香がそう苦く笑う。紗音は包みを抱えたまま、朱志香の手を握りしめた。
「お嬢様のマフラー、ずっと楽しみだったんです!」
「……え?」
朱志香が目を見開く。
「そ、その、お嬢様がくださるものなら私……」
朱志香がくれるプレゼントなら、紗音はどんなものでも嬉しかった。
朱志香とマフラーを交換できるのが嬉しかった。
けれど、どれだけきらめいた言葉で飾っても、紗音の恋心は朱志香に届かない。
今だってきっと朱志香を困らせている。
だから紗音は動いた。
両の手のひらで朱志香の柔らかな頬を包み、薄紅に柔らかく染まった唇に自分のそれを重ねる。
「ぁ……しゃ、のん……?」
「あの、ええと……好きです、朱志香様……」
行動で伝えようとしたけれど、紗音にはやっぱり恥ずかしかった。朱志香の顔をまともに見られなくて俯く。
「……」
「……」
2人の間を静寂が貫いた。
その静寂にどうしても耐えきれなくて顔を上げれば、リンゴよりも赤く頬を染めた朱志香と目があった。
「朱志香、様?」
「紗音、それ……」
「あ、ああああの!好きと言ってもその、友達としてとかじゃなくてですね!あの、わ、私が朱志香様に恋をしているということでしてその」
目があってしまえば落ち着くことなどできなくて、ついついわたわたと言い訳めいた言葉を連ねる。
その途中でふわりと柔らかな甘い匂いに包まれた。
「ありがと、紗音」
耳元で聞こえた朱志香の声は優しかった。
「私も、紗音のこと……好き、だぜ」
照れが混じったその告白に、知らず紗音の頬は熱くなる。
「朱志香様……」
「紗音と同じ、好き、なんだ……」
そのか細い声も愛おしくて、紗音は朱志香をきつく抱きしめた。
彼女は今日も毛糸を繰る。
2人の想いを重ねるように。
彼女は今日も毛糸を繰る。
2人の未来が重なるように。
交わしたマフラーのように、2人の未来が暖かいものであることを祈って、2人は今日も毛糸を繰る。