ここは「花待館」の別館となっています。非公式で「うみねこのなく頃に」「テイルズオブエクシリア」「ファイナルファンタジー(13・零式)」「刀剣乱舞」の二次創作SSを掲載しています。
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!諸注意!
・朱志香が碑文を解いて次期当主になっています。
・ついでにベアトリーチェ=朱志香になっています。
・マリアージュ・ソルシエールと戦人の過去に多大なる捏造があります。
・ついでにR15くらいです。
それではどうぞ。
・朱志香が碑文を解いて次期当主になっています。
・ついでにベアトリーチェ=朱志香になっています。
・マリアージュ・ソルシエールと戦人の過去に多大なる捏造があります。
・ついでにR15くらいです。
それではどうぞ。
『熊沢さんはベアトリーチェなの?』
『ほっほっほ、そうでございますよ、お嬢様。この熊沢は実はベアトリーチェだったんですよ』
朱志香がベアトリーチェになったのはほんの小さな頃だった。
そっと触れた壺が割れてしまったことに、彼女は自分を重ね合わせた。
喘息でいつ死ぬかも分からない自分。死ぬときはこんなにあっけないのだと思い知った。
そして、怖くなった。
金蔵の怒りも、夏妃や蔵臼の叱責も怖かったが、何よりも自分の命の散りざまを見た気がして、怖くて怖くて仕方なかった。
泣き叫ぶ彼女を上手く宥めたのは先代ベアトリーチェだった。……熊沢チヨだった。
今考えると、熊沢は接着剤か何かで割ってしまった壺をなおしたのだろう。
それでも幼い日の朱志香にはそれは魔法に映った。
黒猫に壺を割られてしまって結局は壺が蘇ることはなかったのだけれど、朱志香は金蔵に怒られることはなかった。
割れた壺を前にしてあんなに感じていた死の恐怖も、一遍で薄れてしまった。
『ベアトリーチェ!わたしもベアトリーチェみたいな魔女になりたい』
『ほっほっほ、よろしいですよ。でも魔女の修行は鯖のカレー煮を作る以上に厳しゅうございますよ?』
『それでもいい、わたし、魔女になりたい!』
思えば、そんなやり取りがあった気がする。確かその次の日辺りから朱志香の魔女修行は始まったのだから、記憶違いはないだろう。
ただの妄想に過ぎないものを信じ、そこにあるかのように振る舞う『魔法』。
その魔法が楽しくて、彼女は戦人に魔法を授けた。
留弗夫の女癖がどんなに悪くても、全てを許すことの出来る、魔法。
何年か経って、真里亞にも魔法を授けた。
母親としての愛をくれない楼座がどんなに約束を破っても、許してそれを愛に変える、魔法。
そして朱志香自身は、常に蔵臼の娘として右代宮本家令嬢の重圧を背負い、それに捕らわれた彼女には。
好きなことをのびのびと出来る『朱志香』になれる魔法を使った。
それが、魔法同盟「マリアージュ・ソルシエール」だった。
互いの妄想を真実だと信じる魔法の同盟。
それらを裏付けるものが、6年前にジェシカ・ベアトリーチェの側にいた『家具』だった。
紗音と遊んでいるうちに出来た『家具』だった。
母にいじめられる紗音の怒りを代わりに吐露し、朱志香の苦しみを受け止める『家具』として、彼と同名の小さな少年が作り出された。
ジェシカ・ベアトリーチェに仕える『家具』、それが『カノン』という黒猫のような少年だった。
勿論現在朱志香を監禁している嘉音とは違う。
「カノン」は朱志香の苦しみをただ黙って抱きしめた。彼女の歓びを共に分かち合った。
哀しみは半分に。歓びは倍に。
「カノン」はすぐに「マリアージュ・ソルシエール」に顕現することを許された。それが随分前の話。
真里亞が同盟に入る前の話。
原始の魔女はいなかったけれど、無限の魔女と黄金の魔術師がいた。
金蔵の部屋にあった7本の杭を少女に変えて、二人で人格を錬成しながら笑いあった。
幸せな時間だった。
「カノン」が側にいて、紗音と戦人が側にいて、譲治が側にいて、魔法同盟があって。だから朱志香は笑っていられた。
みんなが笑顔になれる魔法を掛けて、幸せの白き魔女、と朱志香はいつしか先代から呼ばれるようになった。
そんな日常が大好きで、この白き魔法がずっと続けばいいのにと思っていた。いや、みんながそこにいる限り、続くと信じていた。
それなのに、幸せな時間は崩れ去ってしまった。
『戦人……』
《留弗夫様もあんなに早く再婚なさることはないでしょうに……》
あの時、留弗夫が再婚したとき、戦人は目を真っ赤に腫らして涙をこらえていた。「カノン」の憤りが朱志香の哀しみを代弁する。
『朱志香……』
だから、すこしでも笑顔にしたかった。いつもの魔法を掛けて、少しでも彼の怒りが和らげばいいと思った。
『きっと……きっと、留弗夫叔父さんは明日夢叔母さんがいなくなって、戦人に寂しい想いをさせないように……』
『黙れ!』
遮ったのは、戦人の鋭い怒鳴り声だった。
《お嬢様、大丈夫ですよ……お嬢様》
「カノン」がびくりと震える彼女の肩を抱きしめる。
『戦人……』
留弗夫は戦人のために霧江と再婚した、と魔法を掛けてやろうとした。
けれど、彼は朱志香の言葉を遮った。
『朱志香、お前、まだわかんねぇのかよ!?』
『な、何を……だよ……?』
《戦人様……?》
『お前も俺も魔女なんかじゃねえんだよ!この世に魔法なんてねえんだよ!』
世界が止まった気がした。
魔法を、魔女を否定する。
胸の奥でじゅう、と何かが焼け付くような感覚に襲われたのをよく覚えている。
これが反魔法の毒か、と思い知ってしまった。
《お嬢様!ジェシカ・ベアトリーチェ様!》
毒で灼かれる痛みに「カノン」が朱志香に縋り付く。
反魔法の毒は魔法の家具を殺す。それは「マリアージュ・ソルシエール」においては約束であり、決して行ってはならない行為だったのに。
『「カノン」……「カノン」君はいるんだ!そんなこと言うな!』
『朱志香!』
痛い。
痛い。
痛い。
毒に灼かれる痛みを、「カノン」が庇う。目をぎゅう、ととじて、必死に痛みに耐える。
『戦人!魔法を否定するな!「カノン」君をこれ以上辛い目に遭わせるな!やめてくれ!』
悲鳴に近い叫びをあげて頽れるジェシカ・ベアトリーチェを、家具の「カノン」は強く抱きしめて守ろうとする。
それを分かっていてか、戦人は薄い笑いを浮かべた。
『「カノン」君がいるならよ……今すぐあの親父を殺して見せろよ』
『なっ……出来るわけ無いだろ!』
『ほら見ろ……朱志香。お前はベアトリーチェなんかじゃない。お前の側には「カノン」君なんか』
やめて。
やめて!
その先を聞きたくなくて、耳をふさぐ。
それなのに、その声は強引に耳に流れ込んだ。
『いねえんだよ』
朱志香が一番聞きたくなかった言葉。魔法を否定する、一番の毒。
《お嬢様ぁっ!》
守りきれなくなった「カノン」がついに膝を付く。彼を抱きしめながら、彼女は最後に、精一杯の抵抗を試みた。
『やめろよ!「カノン」君はここにいるんだ!』
『いねえよ!「カノン」君なんてどこにもいねえじゃねぇか!』
鋭い反魔法の毒の剣が家具の少年を貫いた。
そして、「カノン」は、あれだけジェシカ・ベアトリーチェの側にいて、喜びも悲しみも分かち合った最愛の家具は死んでしまった。
泣き崩れる朱志香を支える者は、いない。
戦人は朱志香の髪を一度だけ撫でて、優しく言った。
『分かっただろ?幸せの魔法なんて……どこにもねえんだよ』
『お嬢様!?戦人様!?どうなされましたか!?』
紗音が泣き声を聞いて慌ててやって来る。その横をすり抜けて、戦人は朱志香の部屋を出た。ドアのところで止まって、一言だけを残す。
『また来るぜ、シーユーアゲイン。きっと白馬に跨って迎えに来るぜ……「人間」の朱志香が待っているならな』
あの時、朱志香の家具の「カノン」は死んでしまったのだ。
それでも、朱志香は信じた。
戦人が「カノン」を殺した。その罪は重い。
けれど、彼がそれを忘れて仕舞いさえすれば、少なくとも彼は誰も「ころして」いないことになる。
だから、彼女は6年前の出来事を忘れようとつとめた。
それなのに、忘れられなかった。
だから二年前に新しい使用人として「嘉音」が来たとき、息が止まりそうなほど驚いた。
朱志香の「カノン」とは似ても似つかない風貌だったけれど、彼は確かに肉体を持ってそこに存在していたのだから。いないと言われただけで死んでしまう家具ではない少年が、そこに存在していたのだから。
それと同時に、「カノン」の声が蘇ってくるような気がした。
だから彼女は魔女のままでいられた。
6年前に真里亞ともう一度作り直した「マリアージュ・ソルシエール」。それは少し前に真里亞のさくたろうが楼座に引き裂かれたことで少しずつ変質した。
『真里亞はママに復讐する……!』
『真里亞……』
それから真里亞は大好きだった楼座を……いや、楼座に取り憑き、さくたろうを「ころした」黒き魔女を引きちぎり、朱志香の魔法で生き返らせ、それをまた無惨に引き裂く物語を語った。
朱志香はそれでもいいと思った。それで真里亞の心が晴れるのならば、楼座を許せるのならば、それが幸せの魔法だから。
けれど、それは同時に朱志香の中にどす黒いドロドロした何かを流し込むのだった。
--私だって、こんな風に復讐して良いんじゃないのか?そもそも「カノン」君が殺されたのは愛のない親族達が私たちを苦しめたからじゃないのか?じゃあ、私はジェシカ・ベアトリーチェとしてみんなに復讐して黄金郷を作り、その中に愛のある親族を住まわせてやれば魔女としての責務を全うできるんじゃないか?
楼座を無限に殺して楽しい、という原始の魔女マリアの黒い側面に、引き込まれていくのを感じた。
--そうだ、私だって……復讐するべきじゃないのか?みんなを殺せば、そして私も死ねば黄金郷に行ける!そうしたら真里亞を苦しめる暴力的な楼座叔母さんじゃなくて真里亞を愛する優しい叔母さんをあげられる!「カノン」君だって生き返ることが出来る!紗音だって絵羽叔母さんに邪魔されることなく譲治兄さんと結婚できるじゃないか!
それは甘美な誘惑。
けれど、それに支払う代償は大きい。
--でも、私に父さんを、母さんを殺せるのか!?
親族を皆殺しにするということは、大好きな両親をもその手に掛けるということ。
その瞬間、朱志香は白き魔女ではいられなくなる。いや、魔女ですらなくなる。
その罪が誰にも知られない間はまだ良いだろう。
けれど、知られてしまえば狂気に陥って妄想の果てに親族を皆殺しにした少女としてみじめな姿を世間に晒すことになる。
--出来ない。……出来ないよ、「カノン」君……真里亞!
《それでよいのです、お嬢様》
「カノン」の声が聞こえたような気がした。
《お嬢様は白き魔女。幸せを呼ぶ魔女であらせられます。だから、僕たちにとってはあなたの魔法こそが黄金郷》
朱志香の魔法が黄金郷。それは、彼女がかつて幸せの白き魔女だった頃に「カノン」が言った台詞だった。
《だから、ジェシカ・ベアトリーチェ様。あなたの魔法で、皆様を黄金郷に導いてください》
『……マリア』
けたけた笑っていた小さな魔女見習いを抱きしめる。
『うー?ベアトリーチェ、どうしたの?』
『マリアを黄金郷に連れて行く……きっと、連れて行く……約束だ』
『ママは、黄金郷に行けばマリアを愛してくれる?叩いたりしない?』
『しない。マリアを、マリアだけをずっと見ていてくれる。父さんも母さんも叔母さん達もずっと仲良くしていられる……』
『みんな一緒、真里亞と一緒?』
『一緒だ。ここからみんなを消してしまうんじゃなくて、あの祖父さまの碑文を解いて、出てきた黄金で金銭問題を解決する。みんなを説得して、仲良くして貰う』
そして、みんなが生まれ変わるまでの軌跡をいくつもの殺人事件に変えて物語に仕立て、海に流してしまおう。
戦人への恨みは、みんなに協力して貰おう。
父の事業をみんなに助けて貰おう。
『だから、真里亞……ちょっとだけ手伝って欲しいんだ』
『ほっほっほ、そうでございますよ、お嬢様。この熊沢は実はベアトリーチェだったんですよ』
朱志香がベアトリーチェになったのはほんの小さな頃だった。
そっと触れた壺が割れてしまったことに、彼女は自分を重ね合わせた。
喘息でいつ死ぬかも分からない自分。死ぬときはこんなにあっけないのだと思い知った。
そして、怖くなった。
金蔵の怒りも、夏妃や蔵臼の叱責も怖かったが、何よりも自分の命の散りざまを見た気がして、怖くて怖くて仕方なかった。
泣き叫ぶ彼女を上手く宥めたのは先代ベアトリーチェだった。……熊沢チヨだった。
今考えると、熊沢は接着剤か何かで割ってしまった壺をなおしたのだろう。
それでも幼い日の朱志香にはそれは魔法に映った。
黒猫に壺を割られてしまって結局は壺が蘇ることはなかったのだけれど、朱志香は金蔵に怒られることはなかった。
割れた壺を前にしてあんなに感じていた死の恐怖も、一遍で薄れてしまった。
『ベアトリーチェ!わたしもベアトリーチェみたいな魔女になりたい』
『ほっほっほ、よろしいですよ。でも魔女の修行は鯖のカレー煮を作る以上に厳しゅうございますよ?』
『それでもいい、わたし、魔女になりたい!』
思えば、そんなやり取りがあった気がする。確かその次の日辺りから朱志香の魔女修行は始まったのだから、記憶違いはないだろう。
ただの妄想に過ぎないものを信じ、そこにあるかのように振る舞う『魔法』。
その魔法が楽しくて、彼女は戦人に魔法を授けた。
留弗夫の女癖がどんなに悪くても、全てを許すことの出来る、魔法。
何年か経って、真里亞にも魔法を授けた。
母親としての愛をくれない楼座がどんなに約束を破っても、許してそれを愛に変える、魔法。
そして朱志香自身は、常に蔵臼の娘として右代宮本家令嬢の重圧を背負い、それに捕らわれた彼女には。
好きなことをのびのびと出来る『朱志香』になれる魔法を使った。
それが、魔法同盟「マリアージュ・ソルシエール」だった。
互いの妄想を真実だと信じる魔法の同盟。
それらを裏付けるものが、6年前にジェシカ・ベアトリーチェの側にいた『家具』だった。
紗音と遊んでいるうちに出来た『家具』だった。
母にいじめられる紗音の怒りを代わりに吐露し、朱志香の苦しみを受け止める『家具』として、彼と同名の小さな少年が作り出された。
ジェシカ・ベアトリーチェに仕える『家具』、それが『カノン』という黒猫のような少年だった。
勿論現在朱志香を監禁している嘉音とは違う。
「カノン」は朱志香の苦しみをただ黙って抱きしめた。彼女の歓びを共に分かち合った。
哀しみは半分に。歓びは倍に。
「カノン」はすぐに「マリアージュ・ソルシエール」に顕現することを許された。それが随分前の話。
真里亞が同盟に入る前の話。
原始の魔女はいなかったけれど、無限の魔女と黄金の魔術師がいた。
金蔵の部屋にあった7本の杭を少女に変えて、二人で人格を錬成しながら笑いあった。
幸せな時間だった。
「カノン」が側にいて、紗音と戦人が側にいて、譲治が側にいて、魔法同盟があって。だから朱志香は笑っていられた。
みんなが笑顔になれる魔法を掛けて、幸せの白き魔女、と朱志香はいつしか先代から呼ばれるようになった。
そんな日常が大好きで、この白き魔法がずっと続けばいいのにと思っていた。いや、みんながそこにいる限り、続くと信じていた。
それなのに、幸せな時間は崩れ去ってしまった。
『戦人……』
《留弗夫様もあんなに早く再婚なさることはないでしょうに……》
あの時、留弗夫が再婚したとき、戦人は目を真っ赤に腫らして涙をこらえていた。「カノン」の憤りが朱志香の哀しみを代弁する。
『朱志香……』
だから、すこしでも笑顔にしたかった。いつもの魔法を掛けて、少しでも彼の怒りが和らげばいいと思った。
『きっと……きっと、留弗夫叔父さんは明日夢叔母さんがいなくなって、戦人に寂しい想いをさせないように……』
『黙れ!』
遮ったのは、戦人の鋭い怒鳴り声だった。
《お嬢様、大丈夫ですよ……お嬢様》
「カノン」がびくりと震える彼女の肩を抱きしめる。
『戦人……』
留弗夫は戦人のために霧江と再婚した、と魔法を掛けてやろうとした。
けれど、彼は朱志香の言葉を遮った。
『朱志香、お前、まだわかんねぇのかよ!?』
『な、何を……だよ……?』
《戦人様……?》
『お前も俺も魔女なんかじゃねえんだよ!この世に魔法なんてねえんだよ!』
世界が止まった気がした。
魔法を、魔女を否定する。
胸の奥でじゅう、と何かが焼け付くような感覚に襲われたのをよく覚えている。
これが反魔法の毒か、と思い知ってしまった。
《お嬢様!ジェシカ・ベアトリーチェ様!》
毒で灼かれる痛みに「カノン」が朱志香に縋り付く。
反魔法の毒は魔法の家具を殺す。それは「マリアージュ・ソルシエール」においては約束であり、決して行ってはならない行為だったのに。
『「カノン」……「カノン」君はいるんだ!そんなこと言うな!』
『朱志香!』
痛い。
痛い。
痛い。
毒に灼かれる痛みを、「カノン」が庇う。目をぎゅう、ととじて、必死に痛みに耐える。
『戦人!魔法を否定するな!「カノン」君をこれ以上辛い目に遭わせるな!やめてくれ!』
悲鳴に近い叫びをあげて頽れるジェシカ・ベアトリーチェを、家具の「カノン」は強く抱きしめて守ろうとする。
それを分かっていてか、戦人は薄い笑いを浮かべた。
『「カノン」君がいるならよ……今すぐあの親父を殺して見せろよ』
『なっ……出来るわけ無いだろ!』
『ほら見ろ……朱志香。お前はベアトリーチェなんかじゃない。お前の側には「カノン」君なんか』
やめて。
やめて!
その先を聞きたくなくて、耳をふさぐ。
それなのに、その声は強引に耳に流れ込んだ。
『いねえんだよ』
朱志香が一番聞きたくなかった言葉。魔法を否定する、一番の毒。
《お嬢様ぁっ!》
守りきれなくなった「カノン」がついに膝を付く。彼を抱きしめながら、彼女は最後に、精一杯の抵抗を試みた。
『やめろよ!「カノン」君はここにいるんだ!』
『いねえよ!「カノン」君なんてどこにもいねえじゃねぇか!』
鋭い反魔法の毒の剣が家具の少年を貫いた。
そして、「カノン」は、あれだけジェシカ・ベアトリーチェの側にいて、喜びも悲しみも分かち合った最愛の家具は死んでしまった。
泣き崩れる朱志香を支える者は、いない。
戦人は朱志香の髪を一度だけ撫でて、優しく言った。
『分かっただろ?幸せの魔法なんて……どこにもねえんだよ』
『お嬢様!?戦人様!?どうなされましたか!?』
紗音が泣き声を聞いて慌ててやって来る。その横をすり抜けて、戦人は朱志香の部屋を出た。ドアのところで止まって、一言だけを残す。
『また来るぜ、シーユーアゲイン。きっと白馬に跨って迎えに来るぜ……「人間」の朱志香が待っているならな』
あの時、朱志香の家具の「カノン」は死んでしまったのだ。
それでも、朱志香は信じた。
戦人が「カノン」を殺した。その罪は重い。
けれど、彼がそれを忘れて仕舞いさえすれば、少なくとも彼は誰も「ころして」いないことになる。
だから、彼女は6年前の出来事を忘れようとつとめた。
それなのに、忘れられなかった。
だから二年前に新しい使用人として「嘉音」が来たとき、息が止まりそうなほど驚いた。
朱志香の「カノン」とは似ても似つかない風貌だったけれど、彼は確かに肉体を持ってそこに存在していたのだから。いないと言われただけで死んでしまう家具ではない少年が、そこに存在していたのだから。
それと同時に、「カノン」の声が蘇ってくるような気がした。
だから彼女は魔女のままでいられた。
6年前に真里亞ともう一度作り直した「マリアージュ・ソルシエール」。それは少し前に真里亞のさくたろうが楼座に引き裂かれたことで少しずつ変質した。
『真里亞はママに復讐する……!』
『真里亞……』
それから真里亞は大好きだった楼座を……いや、楼座に取り憑き、さくたろうを「ころした」黒き魔女を引きちぎり、朱志香の魔法で生き返らせ、それをまた無惨に引き裂く物語を語った。
朱志香はそれでもいいと思った。それで真里亞の心が晴れるのならば、楼座を許せるのならば、それが幸せの魔法だから。
けれど、それは同時に朱志香の中にどす黒いドロドロした何かを流し込むのだった。
--私だって、こんな風に復讐して良いんじゃないのか?そもそも「カノン」君が殺されたのは愛のない親族達が私たちを苦しめたからじゃないのか?じゃあ、私はジェシカ・ベアトリーチェとしてみんなに復讐して黄金郷を作り、その中に愛のある親族を住まわせてやれば魔女としての責務を全うできるんじゃないか?
楼座を無限に殺して楽しい、という原始の魔女マリアの黒い側面に、引き込まれていくのを感じた。
--そうだ、私だって……復讐するべきじゃないのか?みんなを殺せば、そして私も死ねば黄金郷に行ける!そうしたら真里亞を苦しめる暴力的な楼座叔母さんじゃなくて真里亞を愛する優しい叔母さんをあげられる!「カノン」君だって生き返ることが出来る!紗音だって絵羽叔母さんに邪魔されることなく譲治兄さんと結婚できるじゃないか!
それは甘美な誘惑。
けれど、それに支払う代償は大きい。
--でも、私に父さんを、母さんを殺せるのか!?
親族を皆殺しにするということは、大好きな両親をもその手に掛けるということ。
その瞬間、朱志香は白き魔女ではいられなくなる。いや、魔女ですらなくなる。
その罪が誰にも知られない間はまだ良いだろう。
けれど、知られてしまえば狂気に陥って妄想の果てに親族を皆殺しにした少女としてみじめな姿を世間に晒すことになる。
--出来ない。……出来ないよ、「カノン」君……真里亞!
《それでよいのです、お嬢様》
「カノン」の声が聞こえたような気がした。
《お嬢様は白き魔女。幸せを呼ぶ魔女であらせられます。だから、僕たちにとってはあなたの魔法こそが黄金郷》
朱志香の魔法が黄金郷。それは、彼女がかつて幸せの白き魔女だった頃に「カノン」が言った台詞だった。
《だから、ジェシカ・ベアトリーチェ様。あなたの魔法で、皆様を黄金郷に導いてください》
『……マリア』
けたけた笑っていた小さな魔女見習いを抱きしめる。
『うー?ベアトリーチェ、どうしたの?』
『マリアを黄金郷に連れて行く……きっと、連れて行く……約束だ』
『ママは、黄金郷に行けばマリアを愛してくれる?叩いたりしない?』
『しない。マリアを、マリアだけをずっと見ていてくれる。父さんも母さんも叔母さん達もずっと仲良くしていられる……』
『みんな一緒、真里亞と一緒?』
『一緒だ。ここからみんなを消してしまうんじゃなくて、あの祖父さまの碑文を解いて、出てきた黄金で金銭問題を解決する。みんなを説得して、仲良くして貰う』
そして、みんなが生まれ変わるまでの軌跡をいくつもの殺人事件に変えて物語に仕立て、海に流してしまおう。
戦人への恨みは、みんなに協力して貰おう。
父の事業をみんなに助けて貰おう。
『だから、真里亞……ちょっとだけ手伝って欲しいんだ』
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