ここは「花待館」の別館となっています。非公式で「うみねこのなく頃に」「テイルズオブエクシリア」「ファイナルファンタジー(13・零式)」「刀剣乱舞」の二次創作SSを掲載しています。
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お久しぶりです。私がツイッターで遊んだり本館を更新している間にコミケも終わり「うみねこ」のEP7が発売していました。
そんなわけでカノジェシSSです。今回はまとも。でもなんか薄暗い。
では、どうぞ。
「雨色恋模様」
そんなわけでカノジェシSSです。今回はまとも。でもなんか薄暗い。
では、どうぞ。
「雨色恋模様」
「お嬢様、……」
伸ばした指先は想い人には届かなかった。確実に届くはずなのに、彼女の身体は指先をすり抜けてゆく。何が悲しいのか、彼女は玉のような涙を散らしてこちらを見つめている。
「お嬢様っ……泣かないでください……お嬢様!」
涙を湛えた瞳が閉じられて、彼女が目を閉じる。その儚げな姿はまるで恋に破れた哀れな人魚姫のようで、嘉音の心は嫌な予感にざわつく。
彼女の身体は既に質量を伴わなくて、その身体をかき抱こうとした腕は何度試しても空を切る。
人魚姫を連想して、彼は不意に美しい姫君の末路を思い出す。
人魚の身でありながら人間に恋をして、美しい声と引き替えに人の足を得た人魚姫。
その恋路は叶うことはなく、姫君が恋した王子は他の女と結婚した。
恋に破れた人魚姫は王子を殺すことができなかった。
人魚姫が選んだ結末は、泡沫となって消えて行く悲しい結末。
では、嘉音の目の前にいる美しい太陽の姫君の末路は?
家具に心を寄せて、本当は片恋なんかではないのに拒絶されてしまった彼女が選ぶ結末は?
「お嬢様っ……、消えたり……しないですよね……?」
まさか、そんなはずは、と焦って引きつった笑みを貼り付ける。涙を流す朱志香は肯定も否定もしないままに、ただただ泣き続ける。
消えてしまうなんて嘘だ。
そんなことはあり得ない。
だって、まだ伝えていない。
本当の名前も、自分の全ても。
朱志香への恋心すらも。
まだ何も伝えていないのに、そんな酷いことがあって良いのだろうか。
「お嬢様……っ」
不意に朱志香の目が見開かれて、身体がふるりと震える。何かから逃れようと彼女は必死で身を捩る。
「お嬢様……お嬢様っ!?どうされましたか、お嬢様っ」
嘉音の呼びかけに応えないまま、朱志香は涙の玉を散らして無茶苦茶に藻掻き、……とうとうばしゃん、と魚が水に飛び込むような音を立てて、泡沫へとその身を変えてしまった。
「お嬢様っ……お嬢様ぁぁぁぁっ!」
頬を涙が伝うのを感じる。
朱志香が選んだ結末はこれなのか。
1人寂しく、その身体さえも残さないままに、この世に生きた証さえ残さないままに泡沫となって消えて行く結末を、彼女は選んだのか。
何も伝えさせないまま、気持ちさえも確かめることを許さずに、嘉音を置いて消えてしまったのか。
悔しくて、悲しくて、彼は膝を付く。
どこが天井でどこが床なのかすらわからない漆黒の空間に1人、取り残される。
彼女の痛みを分かってやりたかったのに、自分の気持ちを知って欲しかったのに、なんて愚かなことをしたと自分を殴りたくなる。
どこを見渡しても朱志香の姿は見あたらない。
泡沫の欠片でも良いから手元にと思ったのに、それすらも見つからない。
「嘘だ……嘘だ、お嬢様、僕をおいていくなんて……」
出来ることなら、共に消えてしまいたい。それなのに、それすら出来ないなんて。
「嘘だあぁぁぁぁっ!」
自分の声で跳ね起きると、そこはいつも通り右代宮家で割り当てられた嘉音の部屋だった。
「夢……」
ほう、と溜息を吐く。良かった、夢だ。
ここは水の泡となって朱志香が消えることがない、現実だ。
嘉音はいつの間にかかいていた汗と涙を拭ってベッドから抜け出す。深夜勤に備えるはずの仮眠が余計に深夜勤を妨げる結果になりそうで少しだけ憂鬱になる。
朱志香は何故泣いていたのかが分からなくて、気になって、仕事どころではない。
幸いまだ休憩時間はあるらしく、この時間は嘉音の名前の欄には何の事柄もかいていなかった。それを良いことに朱志香の部屋に行こうと思い立つ。
あの文化祭の日に傷つけたまま、彼女との関係はぎくしゃくしたままだった。
身分を盾に断るという仕打ちを受けた朱志香の笑顔がどこか辛そうで痛々しく、見ていていたたまれないというのも理由の一つにあった。
あんな断り方をしたのに、今更どうやって彼女と接すればいいのか分からなかった、と言うのもある。
けれども一番の理由は断腸の思いで封じ込めた朱志香への恋心をさらけ出してしまうかもしれないというおそれだった。
自分は家具で、朱志香は人間。
彼女が空を羽ばたく清らかな天使だとしたら、嘉音は地上に這い蹲る空を飛ぶことすら出来ないただの人間なのだ。
朱志香に想いを寄せてもらっただけで最上の喜びに浸らなければならないのに、それ以上を求めてはならないのに、もっと彼女が欲しいと求めてしまう。
朱志香といると、彼女の愛をさらに求めてしまいそうで、それを嘉音は何よりも恐れていた。
そんな色欲にまみれた自分の浅ましい心を無理矢理押さえ込んで、彼は朱志香の部屋へと急ぐ。
今日は雨で、船が出せない。必然的に彼女は部屋にいるはずだ。だから真っ直ぐ部屋へと向かってノックをした。
「お嬢様……嘉音です。……お嬢様?」
何度ノックをして呼びかけても部屋の中からは何の答えも返ってこない。
ふと、夢の内容を思い出す。
水の泡となって消えてしまった朱志香。
彼女の痕跡はいくら探せど見つからない。
嘉音は自分の血の気が引く音を久しぶりに聞いた。
屋敷中を探し回った。それこそクローゼットの中まで。
それなのに、朱志香は屋敷にはいなかった。一体どこに行ったというのか。
分からない。
けれども休憩時間に限りはあるわけで、彼は渋々仕事に戻らなければならなかった。
仕事に戻った所で身が入るわけでもないのだが、一応形だけでもこなしておかなければまずい。
だから割り当てられた仕事を機械的にこなす……はずだった。
廊下を歩いていると、ふとバラ庭園が目に入る。バラの蕾はまだ綻んだばかりで、親族会議までに咲ききるかは管理をしている嘉音にもよく分からなかった。
けれど、見つけた。だからこそ、と言った方が良いかもしれない。
紅と朱のプリーツスカートと紺の地に紫のラインを入れたジャケットに身を包んだ、華奢な身体。美しい金髪。嘉音の思考を先ほどから占めている右代宮家の令嬢・朱志香だ。
あぁ、これがバラ庭園の東屋の中だったらどんなに良かったことだろう。
けれど、朱志香が佇んでいる場所は東屋でも屋根のある場所でもなかった。傘も差さずに、彼女はその身体に雨粒を受けていた。
おかげで彼女のふわふわとした太陽の色をした髪の毛は雨に濡れてすっかりぺたんと萎れていて、どことなく寂しげな印象を受ける。
今、彼女はどんな表情をしているのだろう。普段は雨が降っていても彼女がいるだけで嘉音には晴れているように感じられるのに、今だけは雨粒を受ける華奢な背中が小さく頼りなく見えて、それがさらに雨をひどく降らせているように感じられた。
「お嬢様……」
不意に夢の内容が頭を過ぎる。
朱志香がこのまま水の泡となって雨と一緒に消えてしまうのではないかという不安が鎌首をもたげる。
嗚呼。
やはり自分は愚か者だ。
身分違いの恋をして、朱志香をひどく傷つけて。
それなのにまだ朱志香を求めている。諦めきれずにいる。
結局自分は家具にも人間にもなりきれない。
家具として、使用人として朱志香への恋心を封じることも出来なければ、人間として使用人を辞めて朱志香を幸せにすることも出来ないでいる。
それはなんて無様で、愚かで、見苦しいことだろう。
それを分かっていながら、しかし彼は朱志香を愛している。
だから、傘すら持たずに仕事を放り出して駆けだした。
屋敷の外は予想外に雨が強く降っていた。けれどもそれは土砂降りのような激しさではなく、まるで冬の雨のような刃を含んだ冷たい激しさだった。その中でただただ佇む朱志香に向かって走る。
「……お嬢様」
「嘉音、くん……」
声をかければ彼女は振り向く。しかしそこにはいつもの快活さはない。雨の滴が伝う頬に泣いているような錯覚をする。
「いかがなさいましたか……?」
「ううん、何でもないぜ……」
そう言って浮かべる微笑みもどこか悲しげでぎこちない。彼女が何を考えているか、嘉音には分からない。
だから、せめて雨に濡れた彼女の身体を温めたいと彼は思う。
次の瞬間、彼は朱志香を抱きしめていた。
「か、嘉音……くん……?」
泡を食ったように慌てる彼女の表情は見えない。だから耳元で囁く。
「申し訳ございません、お嬢様……少しだけ、このままで……」
掠れ声しかでない。封じていた想いが溢れだしてしまいそうで、声に色を付けることすら出来ない。
けれど朱志香は嘉音の背に腕を回す。
「お嬢様……?」
「うん……ちょっとだけ、私も……こうしていたい……」
その声色があまりに寂しげで悲しげで、彼は抱きしめる腕の力を強くする。
彼女が何を思ってこんなところにいるかなど分からない。けれど、その物憂げな姿はひどく彼の心を焦らせて、想い人を抱きしめているのだというのに切なさが嘉音を満たす。
だから彼は腕の中に閉じこめた朱志香に囁く。
「あなたの苦しみを少しで良いから……僕にください……」
朱志香は答えない。ただ、ぐす、と鼻を啜る音が微かに聞こえただけ。
それが切なくて悲しくて、彼女を抱きしめた指先に力を込める。
「あいして、います……朱志香様……」
朱志香の冷たい指先が嘉音の背中に縋る。
互いが互いの体温を感じながら、二人は互いが消えてしまわないようにといつまでも雨の中に佇むのだった。
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