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ここは「花待館」の別館となっています。非公式で「うみねこのなく頃に」「テイルズオブエクシリア」「ファイナルファンタジー(13・零式)」「刀剣乱舞」の二次創作SSを掲載しています。
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明日の新刊の前日譚というか、前回のオンリーの無料配布というか。

探偵ホープ×助手ライトさんの出会い編です。ちゃんとした推理物は5月に出す予定です。

では、どうぞ。

ホープ・エストハイム事件録

それは春風のように



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ホープ・エストハイムは私立探偵である。この国のうんと西の方にある実家から列車でこの町までやってきて、安いアパートの一部屋を自宅兼事務所にしている、依頼大募集中の探偵である。目下の悩みは一人で事務所を経営しているためにろくに休日が取れないということである。


贅沢な悩みといえばそうかもしれないが、ホープにとってはかなり切実だ。今こうやってソファーにひっくり返って啜っているアイスコーヒーも、午前中の依頼の帰りに依頼人の家の近くのスタンドで買ってきたものだ。ついでに朝食も栄養補助食という有様で、このままでは体より心が干乾びてしまうと危機感を覚えたのがつい半年前のこと。事務所を開き、実績が認められて忙しくなり始めてから三か月ほど経過したときのことだ。それから仕事の合間を縫ってほうぼうの友人たちに誰か一人でいいから秘書か助手を紹介してくれと頼みこんで、ようやく一人見つかったのが先月のこと。


その助手……友人の妻の姉が今日の午後から事務所に来ると聞いたのが先週の終わりの話だ。どんな事情があるのかはわからないが、長らく旅に出ていたという話だが、いいひとだといいなぁ、とストローの先をはしたなくもがじがじと噛みながらぼんやりと待っているのが、今現在の状況である。


そうこうするうちにドアベルが鳴って、ホープはあわてて飛び起きる。


「はい、エストハイム探偵事務所です」


「今日からお世話になるファロンと申します」


落ち着いた女性の声にドアを開けて、……ホープはしばしその場に立ち尽くした。


扉の向こうにはふわふわと左の肩口で揺れる薔薇色の髪と、意志の強そうなアイスブルーの瞳が印象的な美女が、フォーマルなネイビーのスーツを纏って立っていた。


まるで神様が一人ぼっちで寂しい生活をしている自分を憐れんで、楽園から一番美しい花の妖精を遣わしてくださったのかと思った。


「……あの」


訝しむように声を掛けられて、ホープははっと我に返る。


「ぼ、僕はホープ・エストハイムです。よろしく、お願いします」


右手を差し出すと、よろしくという返事と共に白い手が握り返す。その細くて長い指は、温かかった。








結論から言うと、ファロン……エクレール・ファロンは非常に有能な助手であった。……ただし、料理の腕を除いては、の話である。彼女の初仕事は幸か不幸か事務所の掃除から始まった。掃き掃除も拭き掃除も、ついでに溜まりに溜まった洗濯も食器の片付けも、呆れながらやってくれた。メイドを雇ったわけではないのでホープとしては非常に申し訳なく、椅子の隅に縮こまりながらすみませんすみませんと繰り返していたのだが、エクレールは呆れてはいても嫌がりはしなかった。


「あの、実はお昼御飯もまだで」


椅子の隅からてへへと苦笑して見せると、さすがに彼女は絶句したらしい。暫く立ち尽くした後、気まずそうに目線を逸らされた。


「申し訳ないが、私は……その、料理は、苦手で」


「えっ、あ、す、すみません、……そういうんじゃないんです、本当に


ホープとしては決して昼食をねだったわけではない。が、この生活環境を見ていれば確かにそうも聞こえるかもしれないとまたしゅんと項垂れる。それをどう勘違いしたのか、彼女は慌てたように言葉を重ねる。


「その、料理以外なら、一通りはできるから……その、ホープの護衛とか、スケジュール管理とか。料理も、出来るだけ早くできるようにするから」


ホープは確信した。この人は神様が遣わしたもうた花の妖精ではない。ただ愛くるしく進むべき道へとラッパと弓矢をつがえて導いてくれる天使でもない。彼女は、エクレール・ファロンという女性は、ホープの為だけに、ホープをあらゆる意味で生かすために、ただ一人天から舞い降りた女神であるのだと。


空腹と多忙の前に現れた麗しき慈愛の女神の前に行動と言動と、ついでに思考回路も迷走してしまったホープは、椅子から転げ落ちて彼女の前にひれ伏していた。


「料理は、僕が作りますから……


エクレールは若干引き攣った顔をしながら、わかった、と頷いてくれた。やはり彼女は女神だ。








さて、午後からは仕事である。二人はとあるご婦人から頼まれた猫探しに、とある路地裏まで出かけていた。なんでも少し前からふらっといなくなっては戻ってくることの繰り返しで、今日も朝からいないのだという。飼い主が心配性というか、家猫の運命だろう。


「白くてふわふわで、赤い首輪の猫……か」


「ええ。……ヴァイオレットちゃんなんて、呼んだだけで寄ってくるんでしょうか」


猫……ヴァイオレットちゃんの愛くるしさと失踪した嘆きを延々と語るご婦人から聞き出した特徴のメモを眺めながら、ホープはため息を吐いた。やる気がないわけではない。現に右手にはメモ、左手には本日何杯目だか忘れたコーヒーの缶が握られている。ちなみにエクレールの右手には猫の好物だという高級キャットフード(ご婦人からもらった)、左手には手袋が握られている。彼女は右手のキャットフードをホープに渡すと、何の変哲もない厚手の手袋をきゅっとはめた。


「ま、やるしかなければやるだけだろう ……ミセス・ブラウンの言っていることがどこまで本当かはわからないがな」


今までそうやって旅してきたからな、と不敵に笑う彼女の前に、ホープは本日数回目の平伏を決めたくなった。何という度胸のある女神だろうか。もう戦乙女と言っても過言ではない。胸の奥で心臓がどくどくと暴れまわっているのは、きゅんきゅんと胸が締め付けられるのは、きっと気のせいではない。


「好きです……


これは、恋だ。そう確信したが、運が悪すぎた。ぽろりと零れ落ちた言葉に、エクレールは気づいていない。むしろホープを見ていない。じっとホープを通り過ぎたあたりを見ている。ついとその視線を追えば、白くてふわふわの毛並みで、紫色の眼で、赤い首輪をつけた猫がこちらを見ていた。


「えっ」


「ぶにゃあ」


あれ、これヴァイオレットちゃんじゃないか、とホープが呆然としていると、目の前の猫は非常に不細工な鳴き声を上げた。


「え、ヴァイオレットちゃん……


もう一度猫……もといヴァイオレットちゃんはぶにゃあと鳴くと、ふふんと鼻を鳴らして、ふくよかな身体を揺らして逃げて行ってしまった。ここまでおいでと言いたげな表情も相まってとても可愛げのない猫である。


「行きましょうエクレールさん


この猫め、と走り出すと、エクレールも心得たように着いてくる。ヒールだというのにホープの後ろにぴたりとついて走ってくるあたり、よほど慣れているに違いない。そうでなければ何か体術でもやっているのだろう。ともかくヴァイオレットちゃんを追って路地裏を走り抜ける。ふくよかな身体でありつつも非常に素早い猫は、ふっくらとまるで白パンのようなお尻を振りながら一心不乱に走り続ける。……その動きがゆっくりになったのは、路地裏から少し狭い道に出る角のあたりだった。


「ヴァイオレットちゃんが止まりました」


「ああ。……あのあたりに何かあるのか


角を越えれば、やはり狭い道が続いている。そこは小さな家々が立ち並ぶ、ちょっとした住宅街である。豪邸は全くと言っていいほどないが、塀の向こうから子供の笑い声が聞こえてくるほどに平和だ。


「……


歩いていくと、猫は空地の真ん前で足を止める。それからゆっくりと首を動かしてこちらを見て、ぶにゃあともう一度鳴いた。


「ここ、か……


「ぶにゃあ」


そのまま空地へ入っていくヴァイオレットちゃんに着いていくと、植えられっぱなしになっている木の陰からにゃあにゃあとまた他の猫の声が幽かに聞こえた。


「また、猫……


二人で木陰に潜り込むと、枯草が敷き詰められた寝床のような場所に、果たしてもう一匹猫がいた。やはり白い毛の、可愛らしい猫である。ほっそりした首元に、利発そうな蒼い瞳。猫はにゃあ、と鳴くと、じっとエクレールを……いや、彼女の手に握られているキャットフードを見つめている。


「まさか、これが欲しいのか……


ぶにゃあ、とヴァイオレットちゃんが鳴く。そうしてまるで二人に見せつけるように青い瞳の猫の毛を舐めて、毛づくろいをしてやっている。


「……え、あ、もしかして……」


エクレールさん、とホープは彼女をつついた。蒼い瞳の猫はほっそりとしているのは首のあたりと足まわりだけで、投げ出されているお腹は僅かではあるがぷっくりと膨れている。


「お前、子供がいるのか…… というか、雄だったのか……」


もう一度ヴァイオレットちゃんが自信満々にぶにゃあと鳴いた。つまるところ、蒼い瞳の猫は、ヴァイオレットちゃんとの間の子猫を身籠っている。どこでどう知り合ったのかは知らないが、失踪したのは間違いなくこの猫の為だろう。お腹の子供の母親を守るために、日々こうしてご飯を届けようとしていたに違いない。飼い主であるご婦人……ミセス・ブラウンに猫語は理解できないだろうから、たった一匹で愛する猫を守るために奔走していたのだ。


「そうなのか……」


ため息を吐きながらエクレールがキャットフードの缶を開けてやると、ヴァイオレットちゃんが妻の猫を促すようににゃあと鳴く。妻猫は恐る恐る缶に鼻を近づけて、ぱくりと一口食べた。


「……あ、ちょっとまて」


エクレールが缶を取り上げて、白いハンカチを取り出す。広げたその上に間の中身をひっくり返して、また猫たちの前に差し出した。


「いいぞ」


その言葉に猫たちは、今度は二匹で仲睦まじくキャットフードを食べる。同じものを食べる二匹の顔はどことなく嬉しそうに見えた。








キャットフードを食べ終わった猫のうち、ヴァイオレットちゃんをホープが、蒼い目の猫をエクレールが抱き上げて、ミセス・ブラウンの家へと急いだ。じっとエクレールを見つめる猫に時折彼女が笑いかけてやっているのが可愛らしい。


かくかくしかじかと依頼の細かい結果を聞いたミセス・ブラウンはまぁ、と目を見開いた。


「うちのヴァイオレットちゃんがよその……いえ、野良猫と!? ああ、そんな……なんてこと……私はそんな育て方をした覚えは……」


「いや、ヴァイオレットちゃんが単純に発情期だったんじゃないでしょうか…… 現にこの猫が妊娠しているわけですし」


ああ、ああとミセス・ブラウンは一通り嘆いた後、見せてくださいなと青い目の猫をエクレールの腕から抱き上げた。にゃあと鳴く猫の全身を、じっくりと眺めてため息を吐く。だが、それは嘆きのため息ではなかった。


「ああ……お前も可愛い顔をしているじゃないの。野良猫だから毛並みは悪いけど、赤ちゃんが生まれたらヴァイオレットちゃんお抱えの美容師さんのもとに行きましょうねぇ。……探偵さん、決めました。この猫は私が引き取りますわ」


かくして、ローズちゃんと名付けられた蒼い瞳の猫は、愛する夫と同じ飼い主に引き取られることと相成ったのだった。








「ね、エクレールさん。猫、随分早かったですよね」


帰る道すがら聞いてみれば、彼女はそういえばそうだ、と頷いた。


「お前から好きだ、なんて言われたときにふっと猫が通りかかったんだ。……思えば、あれは餌の匂いをかぎ取ったんだろうな」


凄い猫だ、とぼんやり思いつつ、ホープは彼女の手をきゅっと握ってみる。


「ねぇ、エクレールさん。……恋する男って、みんなそうかもしれませんね」


「……ああ、そうかもな。で、この手は


「僕の気持ちです」


聞いてなかったでしょ、と恨みがましく横目で見てやれば、エクレールの頬がうっすら染まる。


「い、いや、あの……」


言いよどむ彼女の正面に回り込んで、手を両手で握ってアイスブルーの瞳を見つめる。


「もう一回言いますからね。……好きです、エクレールさん。今日会ったばっかりですけど、……お付き合いしてください」


正面のエクレールは目を見開いて固まっている。その頬が赤みを増して、瞬く間に耳まで染まっていく。


「エクレールさん


「お、お前……ここ、公道だぞ……事務所で、応えても、いいか


「あ、の……出来れば、ここで」


やっぱりごめんなさいなんて事になったら悲しすぎるじゃないですか、と言い募ると、エクレールは観念したらしい。真っ赤な顔のまま、ふっと息を吐いた。それから、か細い声で答える。


「わ、私でよければ……その、お願い、する」


その可愛らしい言葉にやったぁぁ とホープが絶叫し、エクレールに公道だって言っただろ、と怒られるまで、あと数秒の話である。


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