ここは「花待館」の別館となっています。非公式で「うみねこのなく頃に」「テイルズオブエクシリア」「ファイナルファンタジー(13・零式)」「刀剣乱舞」の二次創作SSを掲載しています。
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幼い頃、彼は狐が見えた。今でも見えるかは分からない。
昔々、ホープが住んでいた家の近くには小さなお社があった。川の畔の小さな空き地に、ひっそり建っていたそのお社は、見るだけでなんだか切ない気持ちになったものだ。それでも毎日……引っ越しをするまでお社に通い続けていたのは……そのお社のお狐様と友達だったからだ。
その後、父の転勤で土地を離れ……十数年の時を経て、ホープは再びこの土地を訪れた。
ホープ21歳の夏の夕暮れのことだった。
僕の御狐様
川の畔に小さなお社を見つけて、ホープは小さく声を上げた。
「良かった、まだあったんだ」
記憶の中よりは大分ぼろぼろで、あまり手入れのされていない質素なお社だ。雨風に吹きさらされて今にも朽ち果てそうなその祠は、しかし結界でも張られているかのように頑なにその姿を留めていた。
「まだ、いるかな」
お狐様だからとデパートで買ってきた大福を祠の前に供える。マカロンは多分、びっくりする気がするのだ。
「ねぇ、またお話しましょうよ」
昔の思い出とか、今のこととか。
思い出の中のお狐様はそれはそれは綺麗な女の人で、密かに憧れを抱いていたのだ。だから、また会いたい。会って、かつてその日一日あったことを聴いてもらっていたように、これまであったことを聴いてもらいたい。
「ライトさん」
昔々教えてもらった懐かしい呼び名を唇に乗せれば、僅かな郷愁に胸が痛んだ。それでも、ホープの前に吹き渡るのは夏の夕暮れの、どこか寂しげな風だけで、それがますます寂しくなる。
もう彼女はここにはいないのかもしれない。ホープが大人になったから、見えなくなってしまったのかもしれない。寂しくて一つ溜め息を吐く。立ち上がって背を向けると、不意にかさりと音がした。
「え」
がさがさと音を立てて、主は近づいてくる。振り向くのが怖くて固まっていると、ひんやりした殺気が首筋に突きつけられた。
「誰だ。ここは私の聖域だ」
「え……ライト……さん……?」
「えっ」
懐かしい声に思わず問い掛ければ、きょとんとした声と共に殺気は忽ち消え去った。
「ライトさんなんですか?」
「なんで、その呼び名を……」
「僕です。ホープです」
「ホープ……あの、ホープか」
どのホープだっていいや、と頷く。
「昔、一緒に遊んでもらったホープです」
「あの時の……」
お狐様は寂しげに溜め息を吐くと、大きくなったな、と呟いた。
「もう十数年か。人の子が大きくなるのは早いものだな……」
「ライトさん……」
寂しげなその声がなんだか悲しくて、ホープは後ろを振り向きたくなる。けれども身体を動かそうとした瞬間、彼女の厳しい声が飛んだ。
「振り向くな!」
「ライトさん!?」
ぎくりと身を強張らせれば、もう一度振り向くな、と拒絶の言葉が投げつけられる。
「こんな時間にこんな場所に来るな。もう、まっすぐ帰れ……川を越えるまで、絶対に振り向くなよ。帰れなくなるからな」
再び殺気の篭り始めた声に、声も出せずに頷く。いい子だ、と彼女が頷いた。
「明日、昼間なら来ていいですか」
「昼ならいい」
「じゃあ、お昼に来ますから。お昼前に来て、夕方までいますから」
「ああ、それでいいから」
「じゃあ、また、明日」
振り向きたくなる衝動を橋を渡りきるまで必死で堪えて、ホープは前だけを見て歩いた。長い長い橋を渡りきって、ようやく振り向くと、暗闇に沈む川原に薔薇色の毛並みの美しい女性がまるで見送るように佇んでいた。
翌日、ホープはスーパーマーケットで弁当を二つ買って川原へと向かった。
「おはようございます、ライトさん」
お社に弁当を供えて挨拶すると、傍の草むらががさりと揺れた。この国の神話でもお目にかかれないような見事な薔薇色の毛並みをした狐がそこにいた。狐はホープのズボンの裾に鼻を近付けて匂いを嗅ぐと、あっと思ったときには美しい女性に変化していた。
「おはよう、ホープ。元気そうだな」
「お弁当、買ってきたんです。一緒に食べましょ」
「ああ。……いい匂いだな。昨日の大福も美味かった」
ふわふわ尻尾を揺らして笑う彼女はとても可愛らしい。昔は大人の女性然として、可愛いというより美しいという表現がぴったりだったのに、と呆気に取られて見つめていると、お狐様はきょとんと首を傾げた。
「どうした?」
「いえ、その……」
あなたの笑顔が昔と違って見えて、ドキドキしてました。なんて失礼に見えていい淀む。が、彼女は違う意味に捉えたらしい。
「狐が大福を食べるのは……やはりおかしいか」
「いえっ、そんなことは」
「神らしくないか」
「違いますって」
「じゃあなんだ」
顔を近付けてこちらを見る様はなんだか神様というよりは可愛い女の子といった方が正しそうで、また胸が高鳴った。
「あ、あの、近いですって」
「ん?」
吸い寄せられそうな蒼色の目から意識を無理矢理そらして彼女の肩をそっと押さえる。細くて温かくて、なんだか目眩がした。ホープ?と柔らかそうな珊瑚色の唇が動く。それから彼女はじっとホープの目を見つめて、よく自分の状況を把握したのだろう。頬を真っ赤に染め上げて、飛び退いた。
「すまないホープ!多少我を忘れていたようだ」
「いえ、その……僕こそ、なんだかすみません」
どきどきとまだ心臓が早鐘を打っている。
こんなにきれいな女の人に……御狐様に顔を近づけられたことなんてめったになかったし、大人になってしまったからびっくりしただけなんだ。
そう自分に言い聞かせて、ホープは近況を話そうと口を開いた。
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