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ここは「花待館」の別館となっています。非公式で「うみねこのなく頃に」「テイルズオブエクシリア」「ファイナルファンタジー(13・零式)」「刀剣乱舞」の二次創作SSを掲載しています。
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夏コミで発行予定の『歌仙が女給に着替えたら』のWEB版になります。
審神者の陰謀によって女装をする羽目になった歌仙兼定と、和泉守兼定、伊達組(貞ちゃん除く)、小夜左文字のコミュニケーションを巡る話。
*刀剣男士同士の仲が良すぎる描写がありますが、特にカップリング等はございません。
*所謂『うちの本丸』描写、刀剣男士の設定・嗜好についての捏造、審神者に関する言及がございます。
*歌仙さんが女装します。

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いい返事を待っている、とも必ずやってくれよ、とも言わずに、彼は力強く頷いて部屋を出ていった。誰もいなくなった部屋で歌仙は一人、天井を仰ぐ。
女給の……ウエイトレスの真似事など、したことがない。確かに文明開化の頃から喫茶店を覗いたことはある。大元の本体を所蔵している家の近くをふらふらして、気に入った場所に遊びに行った。だが、当時気になっていたのは珈琲なる黒い液体の正体と色とりどりに美味しそうな甘味の、目を楽しませる美しさだけだった。だから今の歌仙の格好をした女給の存在は知っていても、所作など何一つわからない。どうしよう、と後ろに倒れると、藺草の匂いが微かに香る。
(主に言い訳して怒られるのは構わない)
審神者の代わりに本丸を切り盛りしている者として、仲間の不手際で怒られるのは近侍の務めというものだ。それはまだ耐えられる。後でしっかり不手際を起こした者を長谷部と共に指導すればいいだけの話だ。……相手の機嫌を損ねるなど関係ない。
(だが……)
ああは言われたものの、やはり踏ん切りがつかないのだ。近侍としての面子、文系名刀としてのプライドもあるし、それ以外にも翌日の食材の心配など懸念点は尽きない。
(どうしたらいいんだ……)
目を閉じても暗闇が訪れるばかりで、何も解決にはならなかった。ため息を吐いて目を開ける。天井は相変わらずの木目が並んでいるだけだ。
(人見知りなんて、今まで困ることもなかったのに……今さら困るなんて)
今朝がたの鶴丸の言葉を思い出す。
『引き籠らずにもっと交流を温めたほうがいい』
どうしてあんなことを言ったのか。第三部隊の隊長である鶴丸とは戦事に関してはよく話す。それだけだと思っていたのだが、どうも向こうは違うらしい。伊達家にいた時分に細川家から遊びに来た歌仙を見かけたというのだ。そういえば燭台切と話しているときにちらちらと白い着物を見かけたかもしれない。話し掛けられなかったのか、燭台切の話を優先したのかは忘れてしまったが、伊達家に遊びに行っていた時代はだいたい燭台切と話していて、他の刀とはあまり話したこともなかった。
(やっぱり、もう少し話したほうがいいのだろうけれど……)
うぅんと唸っていれば、都合よく人の気配がする。一人だけだ。ぼんやりとそちらに目をやると、人影がすっと屈んだ。
「歌仙、今いいか?」
障子の外に見えた影が、そう声を出す。人影の体型を考慮すれば声の主は鶴丸らしい。どうぞ、と頷けば、障子がすらりと開いて、真っ白な成りをした男がするりと入室した。
「主とは連絡ついたか?」
「いや、今日一日はつかないはずだよ。だから、取ってない」
「まぁ、お前さんが近侍だからそうなんだろうなぁ……」
金色の眼が遠く細められる。どういうことなんだろうと首を傾げる。
「ご不満かい?」
「いや。主は初期刀のお前を特別信頼しているんだなと」
「まぁ、僕は文系名刀だからね」
鶴丸ははは、と面白そうに笑って、確かにそうだなと頷いた。
「ところで、喫茶店のことだけれど。主には何て言うつもりだい? ……そもそも君たち沢山食べるだろう? 本丸の食材が底をついたら、言い訳のしようもないよ?」
あの審神者が、本丸に備蓄してある食材が尽きたくらいで怒るとは思えない。だが、歌仙兼定という刀を特別溺愛する審神者は、歌仙が食べるものがなにもないと知った瞬間に無駄に高い宅配食を全員分手配するに違いない。本丸全員分手配してくれるのはありがたいのだが、如何せん味の割に値段が高い。そういう無駄なことは避けたいのだが、と鶴丸を見ると、そういえば、と少しだけ青ざめている。
「怒りはしないと思うよ?」
「それは知ってる」
「お高い宅配食が出てくるだけで」
「出てくるのか」
「全員分ね」
「美味いのか?」
それなりだよ、と答えれば、やっぱりそうかと返ってくる。そういえば鶴丸が招かれてからそういうことはなかったかと思い出す。
「多分、喫茶店の真似事なんてやろうものなら明日はそれなりの味の……むしろ値段の割が取れない宅配食で過ごすことになるだろうね」
どうせ畑当番の耕す畑の作物も、粗方とられてしまっているだろう。明日食べる分があるかどうかも怪しいのだ。
「ま、それも驚きかも知れんな」
「そうかい」
ああ、と答える鶴丸は大分男らしい。刀剣男士なのだから当然と言えば当然ではあるが。
「……それで、喫茶店の真似事に話を戻すけれど。どこまで準備している?」
「『簡単! 本丸カフェキット』とやらが格安で売っていたからそれを買ってみた。テーブルクロスも安いのを買ったし、後は手伝うって奴が寄付してくれたぜ。……ああ、光坊が伽羅坊にギャルソンの衣装を買わせていたな。あれは光坊の給料から引くのかい?」
「主次第ではあるけれど、大倶利伽羅が希望しない限りはそうだろうね。燭台切が指示して買わせたというのなら、なおさらだ。そもそも長谷部が許可を出さないだろう」
「俺は買わなくて正解だったな」
「本当にね」
くすりと笑えば、だろう、と鶴丸も笑う。
「賢明だった。でもまぁ、あいつなりに歌仙と話してみたいんだよ。光坊と同じ政宗公のところにいた刀ではあるし、話が合うか合わないかは別として、な」
「……そう、かい」
お茶でも飲むかい、なんて気軽に言う機会を逸してしまったなと頭の片隅でちらりと思った。
「さっき、和泉守が来たよ。長谷部が喫茶店に乗り気なのも、君が話したのも教えてくれた。……外堀から埋めようということかい?」
「そうとも言うな」
「そうとしか言わないんじゃないか……?」
いやいや違う、と鶴丸は悪戯っぽく目を光らせる。ため息を吐いて、勝手に茶を出してしまうことにした。このまま茶も進めないのでは之定の名が廃る。
「……まあ今お茶を入れるよ。飲みながら話を聞こうか」
「あぁ、すまんな。……よかったらこれ、光坊の最新作らしいんだが」
そう鶴丸が出してきたのは真っ白で柔らかそうな食べ物を乗せた皿だった。ふるふると揺れる白い物体の上には、南国を思わせる黄色いとろりとしたソースと小さく切られた果実が乗っている。
「ぷりん、だと。……うまく行ったら喫茶店のメニューにも加えたいらしいぞ」
「君たちねぇ……」
何を言っても本当に効かないんだから、とため息をつけば、まあまあと頭を撫でられた。その白く細い手から逃れるように僅かに身体を動かして急須を手に取る。和泉守に出したものと同じように氷をほうり込んだ湯呑に茶を注ぐ。ぴしぴしと氷にひびの入る音を聞きながら、和泉守にもらった饅頭を取り出す。優しい後代には後で誤っておこう。
「これ、和泉守がくれたものだけど。良ければ」
そう言って差し出せば、鶴丸は早速白い紙と柔らかな包み紙を剥ぎ取りにかかる。
「お、すまんな。饅頭か?」
「ああ。和泉守の本霊が宿る場所の近くの名産品らしいよ」
「へぇ。おお、こりゃあ美味そうだ」
頂きます、と豪快に口を開けて、鶴丸は饅頭の三分の一程を齧り取る。顔を綻ばせたところを見れば分かる。美味いのだろう。実際この饅頭は美味い。しっとりした、少し硬めの饅頭の生地にほろほろとろりと口の中で蕩ける白あんの後味はすっきりとしている。
「ん、栗が入っているのか! しかもでかい! 手が込んでるなぁ!」
大振りの栗と柔らかな白あんの風味。栗も砂糖で甘露煮にしてあるらしく、舌触りの割には柔らかい。うまいうまいとぱくぱく食べる鶴丸を横目に、歌仙も燭台切特製のプリンに匙を入れる。まずは白い場所からだ。普段食べるものよりも柔らかい。しかし寒天のようにくしゃりと潰れるのではなく、確かな重さを持って匙に乗る。
「いただきます」
少しの振動でもふるふると揺れるプリンをそっと口の中に入れる。
「……!」
流石は燭台切だ、と思う。おそらくこれは牛乳プリンだ。バニラエッセンスを使ったのか、アイスクリームのような匂いが鼻腔を満たす。しっかり噛めばドロドロに溶けてしまうプリンは、しかし強烈な甘味ではない。後を引く甘さでもなく、物足りない甘さでもなく、質量を持って喉を通り、胃の腑に落ちる甘さだ。だが、少々くどい。さて、と黄色いソースを匙の端で掬いとり、ぺろりと舐める。先ほどの少々くどいプリンとは違って甘酸っぱい。
「この味はマンゴー、だね」
「お、そうなのか?」
「ああ。ただ、上に乗っているやつは買ったはいいものの対処に困って、この間甘露煮にしていたやつだと思うけれど」
まぁ、だからこそこういう生菓子に利用してしまおうと思ったのかもしれないが。ソースのほうは大方切り損ねた生の果実をフードプロセッサーで砕いたものだろう。
「で、餡が酸っぱいことを考慮して、プリンをくどい甘さにしたんだろうね」
芸の細かいことだ、と普段自分が菓子を作るときのことを棚に上げてため息を吐く。ソース……餡とプリンを一緒に口に入れれば、酸味がうまく甘味と混ざり合って、ちょうどいい甘さへと仕上げてくれている。
「出せばいいんじゃないかい?」
美味しいよ、と感想を漏らせば、鶴丸は満足げに饅頭を全て口の中に放り込んだ。うまうまと咀嚼して、ほろ苦い茶で甘くなった舌を締める。歌仙もプリンと柔らかいマンゴーをゆっくり咀嚼し、最後の一欠片まで飲み下す。茶を飲めばやはり甘くなった口の中がすっきりするような気がした。
「……ところがどっこい、これを出すのには条件があってだな」
「は? 条件?」
どうやらあの伊達男は何か企んでいるらしい。歌仙には心当たりがあった。今ほぼやることになっている、歌仙の頭を悩ませるあのことである。
「歌仙が女給をやるんなら出すらしい」
「へ、へぇ……」
それだけ言って、やはりと歌仙は溜め息をついた。もうほぼ決まったようなものだ。ならばと厨に入りびたりになろうと思ったのだが、この条件では些か分が悪い。新作の甘味などこの本丸の全員が楽しみにしていることを取引条件に付けるなんて、昔よく遊んでいた身としては悲しい。
「厨に詰めているのじゃダメなのかい?」
「だめだな」
鶴丸にしては珍しくきっぱりと言い切った。
「これは歌仙、お前さんのためでもある。……何を話せばいいのかわからなくて困ってるんだろう? 話が合わないって気にしてるんだろ? 主の陰謀の結果がその着物だったとして、それなら積極的に話のタネにしていったほうがいい」
「そういうものかい」
「ああ」
そういうものだ、と鶴丸は言う。
「……童子の時ならば女装も少しは似合っていただろうにね」
「今も似合ってるぜ?」
「君は僕の小さい頃を知っているからだろう。伊達の屋敷に遊びに行っていたときはまだ童子だったんだ。……でも今はもう、大人の男の姿だ。日常的に着ている者ならいいが、他の者から見ればちょっとこれはきついだろう」
だが、彼は歌仙が大人の成りか童子の成りかは問題ではないと言う。
「単純に色目が合ってるんだよ。主もなかなかいい仕事するじゃねぇか。ずっと歌仙と一緒にいて、目利きの腕も上がってきたかねぇ」
その様はどこか嬉しそうだったが、歌仙は頷くことが出来なかった。
「……主は、目利きが必要なものは今でも僕を呼ぶんだ。分からない、助けてって。でも、今回は呼ばれなかった。その挙句にこれだ。いい着物ではあるのだけれど、これでは女装だ。……実際、主は何がしたかったんだろう」
「お前さんの羞恥に震える姿を見ることでないのは確かだな。……見て喜びたかったんだろうな。お前さんがたとえ女給の真似事でも、主の気に入りの着物を着て、他の男士たちと仲睦まじくしているさまが見たいんだろうよ」
「そういう、ものか」
そうかもしれない、とふと思う。小夜左文字が本丸にやってきた日、歌仙は素直に嬉しいと思ったし、招いてくれた審神者にも感謝した。食事を摂って僅かに口元をほころばせている姿や、戦事以外で小夜が他の刀剣男士に心を開いているのを見た時、安心した。幼い日に兄と慕った付喪神が、刀剣男士の姿を得て他の男士とぎこちなくとも話すことが出来ている。それがたまらなく嬉しくて、けれども自分より先を歩いている小夜にどうしようもなく寂しかったのを覚えている。
「……光坊だって、同じだと思うぜ? あいつはお前さんの人見知りを知っている。伽羅坊と慣れ合うようにそう簡単にお前さんの心の中に踏み入れるわけじゃないと分かっている。……だからこんな条件を付けたんじゃないか? いろんな運命を経て再びめぐり合って、偶然にも同じ厨番だ。主の陰謀を利用して、俺や伽羅坊や、他の男士ともこの際に仲良くしてみちゃあどうかって、提案してるのさ」
「それは……初めて聞いたね」
それでも、と言いよどむ。こんな時に、先ほどの和泉守の言葉を思い出した。
『本丸の案内はしてくれたのに、あとは話し掛けにも来ねえ。……もしかして一人でいる方が好きなのかとも思ったが……オレが話し掛けてみたくて、よ』
確かにすべての刀に本丸の案内をするのは歌仙だった。だが、それだけなのだ。一人でいることが苦痛になる性分ではないし、逆に話が合わなければ共にいることもつらくなる性分である。
けれどもこれから仲間として共にやっていくのに、本丸の案内だけではダメだろうと思うのだ。そうは思っていても……昔からの性分を変えるのはなかなか難しいだけで。
「なにか、心当たりがあるのか?」
「話をね、しようと思ったんだ。でもどういう刀なのか、何が好きなのかもわからない。……話が合わないかもしれないと思うと、ね。……はは、之定ともあろうものがこの様だ。和歌(うた)も戦も独りではできないと分かっているのに、僕は文系名刀なのに、言葉が出てこなくなる。本当に、どうしたらいいかわからない」
「……今まで、辛かったかい?」
鶴丸が歌仙の顔を覗き込む。少しね、と歌仙は小さな声でつぶやいた。
「お小夜が来た日は、嬉しかったよ。燭台切が来た日ももちろん。……言ってはいないけれど、ね」
そうかと大分年嵩の男は淡い笑みを浮かべる。
「それに鶴丸、君が来た日も。……主は君が来るのを心待ちにしていたみたいだから」
この本丸が始まった日から鶴丸国永を迎えるために歌仙は奔走した。どうも審神者募集の広告か何かで鶴丸を見かけたことが切っ掛けで審神者職の試験を受けたらしいからだ。進軍がゆっくりとした調子だったから、日に何度も鍛刀を行った。その甲斐あって鶴丸が本丸に招かれて、審神者が喜んでいるのを見て、自分の役目は終わったと晴れ晴れとした気持ちで近侍の任を鶴丸にと進言したことがあった。
「まぁ、進言しに行った瞬間に足元に纏わりつかれてこの有り様だけれどね」
政府にはそろそろ審神者の躾け講習会でも近侍向けに開いてほしいところだ。……一定数需要はあると思うが、まさか躾のなっていない審神者はこの本丸だけなのだろうか。
「はは、大変だなぁ」
本当にね、とまた一口、茶を啜る。よしよしとカチューシャを外して頭を撫でまわされて、目を細める。なんだか細川の屋敷に戻ったような心地にすらなる。
「……なんだか昔みたいだ」
心の奥の柔らかい部分を優しく包まれるような、真綿のような記憶。甘えたい放題甘えていいような図体ではもうないのに、際限なく身を委ねてしまいそうになる。ふと目を開けると、優しく蕩ける金色の瞳とかち合った。
「君が童子の姿の時に、こうやってうりうり甘やかしてやりたかったなぁ」
「もう戻らないと思うよ」
細川の屋敷で聞いたことだが、付喪神は始め三つか四つほどの童子の姿で現れ、ゆっくりと時間をかけて相応しい姿になる。その後はなにかとんでもないことが起こらない限りは着るもの以外は変わらない。それは分霊として現れても本霊の成長具合と同じ姿で生み出されるそうだ。ただし妖怪として紹介されることもあるとはいえ神であることに変わりはないから、性別ぐらいは好きに変えられるらしいが、それもなかなか骨が折れるらしい。
「……今の身体で女人に変わることはできると思うかい?」
「人の身だからなぁ……よし、今夜酔っぱらってやってみるか」
翌朝起きたら鶴丸国永が女人になっていた、なんて審神者が聞いたらおそらく喜んで卒倒するようなことは近侍として頷かない方がいいだろうな、と密かに思う。だが、……明日になっても着物が戻らない場合、試してみなければならないだろう。
「主に卒倒されたら介抱は任せるよ?」
「それは俺がまいた種だからな。刀剣男士だからな、責任は持つぜ」
持ってくれたまえとふんぞり返ろうかとも思ったが、頭を撫でられているために胸を張ることが難しい。顔面に他人の手のひらが当たる感触があまり好きではないからだ。
「僕はこの着物を着続けるのであれば、これに合わせて女の身になるべきかと思っただけだよ」
「主が嬉しすぎて卒倒するだろ」
「手荒く介抱してやろうじゃないか」
元はと言えばアレが諸悪の根源だと息巻いてやれば、鶴丸は堪え切れないように噴出した。
「なんだい」
「……っはは、流石は最上大業物だ。まったく淑やかなことを言ったかと思えば。物騒だねぇ」
「物騒かい?」
普段の酔っぱらいを介抱するより少し手荒いぐらいのつもりだから、中々甲斐甲斐しいと思う。どうせ一日介抱すれば満足するだろうから、その日の晩に着物を返して貰えばいい話だ。
「まあな。……長谷部にはどれくらい話せる?」
「何故長谷部?」
「近侍補佐みたいなもんだろ? それに昔から知った仲じゃなかったか?」
間違ってはいない。その昔細川忠興が織田信長の嫡男・信忠に仕えていた時代にまだ年若い主にくっついて、幼い歌仙も出仕していたような気がする。その記憶が人の手で作られたものだったか、確かな事実だったのかはもう思い出せないし、そもそも後の世で文献を検めたところによれば、歌仙兼定という刀がいつ細川家に渡ってきたかも明らかになっていなかった。実際あの時代のはっきりとした記憶は長谷部をはじめとする織田の刀と何度か話したことがあることぐらいしかない。ついでに言えば、今取っている青年の姿になったのは実は小夜左文字が細川家から売られてしまってからのことである。
「元主が仕えていたのは信忠様のほうだったと思うけれど……うん、確かに何度か話したことはある、気がする」
「ふんふん」
「でも、個人的なことはあんまり話さない……かな。近侍の仕事も多いし、話している暇はないし」
僕も長谷部も出陣あるし、と続けると、長谷部の所属する第三部隊の隊長である鶴丸はそうだなぁと頷く。第一部隊に次ぐレベル帯の第三部隊は、遠征仕事も多い。ついでに近侍の仕事は審神者の業務ほどでもないけれども多いし、ほとんどが書類仕事だから、余計なことを話している暇はあまりないのだ。
「だから、長谷部が黒田に下賜されていたからといって話さないわけではないんだ。ただ、話す時間があまりないし、……黒田にいる間に向こうは僕にあまりいい感情を抱いていないかもしれない。だから」
「なるほどなぁ」
髪の毛をかき回していた細い手が離れる。そのまま幼子にするようにむにりと頬を摘む。
「まぁ、黒田細川の不仲は今の世にも伝わっているからなぁ……。ただ、見た限りではお前さんのこと、悪く思ってはいないだろうよ。朝のやり取りを見るに、ただただ懐かしいだけなんだろう。忘れられないほど慕った男に下げ渡した魔王の息子に仕えていた、小さな之定が一振りが、こんなに立派に……大きくなったんだからな」
嬉しくないわけがない、と細められた金色の眼はとろりと優しい。
「それは、嬉しいけれど。……笑い者にされるのだけは耐えがたいんだ」
「そうだなぁ。……だが、きっと、……」
暫く考えていたらしい鶴丸はうん、と頷くと、摘んだ頬をむにむにと引っ張る。
「ちょ、っと……痛いよ」
「……之定ともあろうものが、そんな弱音を吐くのかい?」
「……え」
僅かに低くなった声。快活な調子ではなく、まるで叱るような、諫めるような調子の色が乗っている。頬から手を放して刀掛けのほうへ歩いてゆき、鮫革の拵えも美しい一振りを手に取る。他人に自分自身を握られる感触に知らず、身体が震えた。
「誇り高い之定、最上大業物」
「……っ」
「三十六の首を切り落とした名刀が、人の目を気にするかい?」
当たり前だろう、と開きかけた口は、恐ろしいほどの気迫がこもった眼差しに射竦められる。
「ここで暮らすうちに鈍らになったか? これほどまでに美しい刀が、人の目に怯えて引き籠るのか? ……違うだろう。お前は……歌仙兼定は、実戦刀だ。美しさも実力も兼ね備えた、三十六も切り捨ててなお鈍らにならなかった業物だろう」
白い指が歌仙兼定自身を鞘から抜き放つ。切っ先を歌仙の目の前に向けられ、白昼の下に晒された白刃は、己の心がどうあれ今日も美しい。何度も何度も手入れをして、レベルも最大まで上がった。二代目兼定より生み出された、細川家の愛刀。
切っ先をつぅとなぞれば、自分自身だ、刺さることも、切れることもない。
「君は」
二人称が変わる。他の本丸ではどうだか分からないが、この本丸の鶴丸は気分で二人称がころころ変わる。歌仙の声を縛っていた気迫が僅かに和らぐ。
「人見知りなのは分かる。……だが、それがどうした? 同じ釜の飯を食う仲間だろう。好きなものの話でもふってやればいい。飯の話でもふってやれば、誰だって話しやすいだろう?」
「それで、……喫茶店、と?」
ああ、と気迫が完全に消えた。歌仙は白刃をぐっと掴んで引き寄せる。反対の手で柄を握り、鶴丸から返された鞘に納める。己自身を縋るように抱きしめて、金色の目を見つめる。
「ああ。そう言うことだ。……ま、酔っぱらいの相手は大変だと思うがな。そこは俺らも手伝うさ」
猫のように機嫌よく細められた眼差しに最早厳しさはなく、ただただ優しさだけが込められている。
(ああ、……敵わない)
やってもいいかなぁと思わされる。心の殻に入ったひびが、大きくなる。この刀には甘えてもいいのではないかと思わされる。それが悔しくて……でも、身体が震えるほどに嬉しい。唇から震える息が零れる。
「……勝手に、したまえ」

続く
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くれさききとか
性別:
女性
職業:
社会人
趣味:
読書、小説書き等々
自己紹介:
文章書きです。こちらではうみねこ、テイルズ、FF中心に二次創作を書いていきたいと思います。
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