やばい、と思った時には既に怪鳥の嘴が目前に迫っていた。今更ながら強化魔法を使っておくんだったと後悔したが、もう遅い。凶悪すぎるほど尖った嘴は真っ直ぐホープの脳天を狙って突進してくる。
「ホープ!」
大好きなライトニングの声が聞こえて、そのまま地面に押し倒された。
ふにふにしたいお年頃
ホープの後ろでぎええ、だかぎゃああ、だか耳障りな断末魔の悲鳴を上げた怪鳥が地に臥した。おそらくライトニングがサンダラでも放って、ファングがとどめを刺してくれたのだろう。咄嗟に身体をひねってよかった、とホープは思った。押し倒されたままだったらライトニングはサンダラを放てなかったに違いない。が、肩を掴んで身体の位置を入れ替えたはずだが、手のひらにむに、と柔らかい感触を覚えている。
「あれ……?」
ライトさんの肩ってこんなに柔らかかったっけ?そう思ってホープは指を少しだけ動かした。ホープの下の身体が驚いたようにびくっと跳ねて、そのまま固まった。
「……っ」
「……」
ふにふに。ジャケットの下の柔らかいものがホープの手に合わせて形を変える。
ジャケット。きっとその下はニットのインナー。じゃあ、その下は?
その下は……?
「うわぁぁぁ!ごめんなさいごめんなさい!ワザとじゃないんですライトさん!」
咄嗟に飛びのいて、一息でそれだけ言うと、目を見開いたまま固まっていたライトニングが頬を真っ赤に染めて胸元を抑えた。
「そ、その……事故、だろう?」
「は、はい!」
事故ですがとっても柔らかかったです本当にありがとうございました!そんなことを言ったらきっと平手の一つでも食らっただろう。実際ホープの頭の中では大体同じような意味の言葉がぐるぐると渦巻いていた。言わずに済んだのはそれ以上に自分が仕出かしたことに慌てていたからに他ならない。何せライトニングが胸元で押さえている手はぎゅっと握られている。下手をしたら殴られていたかもしれない。
が、何故か二人のやり取りを見ていたらしいファングがニヤニヤと笑いながら横槍を入れてきた。
「なんだぁ?戦闘中にイチャイチャしやがって」
「してない!」
ライトニングが怒鳴るが、ファングにはまるで通用していない。
「それにしちゃあ大人しく揉みしだかれてたじゃねぇか?」
「そ、それは……」
「事故だってか?」
ぐい、とホープを押しのけてファングがライトニングの正面にしゃがみ込む。頬を赤く染めたままのライトニングは非常に可愛いのだが、何故かホープには今の状況が彼女にとって貞操の危機が迫っているような気がした。
「ファングさん!」
「なあライト」
ホープの制止を無視したファングがライトニングの頤に指先をかけて上を向かせる。
「事故だってんなら私が揉んでもいいよなぁ?」
「お前は……!」
ライトニングがさらに頬を紅潮させる。怒ったのかそうでないのかはホープには分からない。しかし、ファングがライトニングに迫っている図はなんというか、18歳未満お断りといった雰囲気がある。ライトニングに迫っているのがヴァニラだったら、と想像して、いかんいかんとホープは頭を振った。
(こっちもこっちで18歳未満お断り的な何かだよ!)
そこでふと考える。
(ライトさんに迫ってるのが、僕だったら……?)
ライトニングが揉ませてくれるかどうかは別として、そういう雰囲気が出るだろうか。十中八九ライトニングは恥らうだろうが、そういう雰囲気が出たらいいなぁなどと自分の年齢を顧みずにホープがそんなことを考えていると、ライトニングの悲鳴が突如耳に飛び込んできた。
「おい、ファング!」
「大体お前、烙印は大丈夫なのかよ?私にもヴァニラにも全然見せやしねぇし」
「見せるかっ!」
美味く言葉にはしがたいほどに18歳未満お断りな雰囲気が漂っているが、愛するライトニングの貞操の危機である。ホープは声を張り上げた。
「ちょっとファングさん!ライトさんにセクハラしないでください!」
「せ……」
絶句するライトニングをぎゅっと抱きしめてファングから引きはがす。これで彼女の貞操は守られた。
「セクハラってよぉ、お前がライトの乳を揉みしだいたほうがよっぽどセクハラじゃねぇか」
かっとホープの顔が熱くなる。
「ぼ、僕は事故だったんです!ワザとじゃないんです!あなたとは違うんですぅぅぅっ!」
そう叫んだが、全く通じていなかった。
どこか気まずい雰囲気のまま、ホープとライトニングは本日のベースキャンプへと戻った。自分がライトニングに事故とはいえセクハラをはたらいた、というハプニングはなるべくなら黙っていてほしかったし多分ファングも二人の気持ちを汲んで黙っていてくれたはずだが、何故か他の仲間に露呈していた。
「ねぇねぇライトニング!」
ヴァニラがライトニングに抱きつく。
「どうした?」
ライトニングは慣れた様子で返事をする。僕のライトさんに抱きつかないで下さいとか、ライトさんに抱きついていいのは僕だけですとか、大体ヴァニラさんファングさん以外に抱きつきすぎでしょうとか、ライトさんも僕以外に抱きつかせないで下さいとか言いたいことは沢山あったのだが、とりあえずホープはヴァニラの次の一言に口に含んでいだ水を噴出す羽目になる。
「胸、揉ませて?」
「!?」
ライトニングがとっさに手のひらで胸を隠す。彼女自身の指が柔らかく胸に沈み込むのにホープは目が釘付けになる。釘付けになりながらもヴァニラに食って掛かることに成功した。
「ヴァニラさん!僕のライトさんになんてことをしようとしてるんですかっ!」
先ほどと同じようにライトニングを保護すると、ヴァニラはぶぅと唇を尖らせた。
「だってホープはライトニングの胸、揉んだんでしょ?」
「なんで知ってるんですか!」
頬を赤く染めたライトニングをさらにぎゅっと抱きしめて、ホープは反論する。するとヴァニラは悪戯っ子のように笑ってこんなことをのたまった。
「二人とも変だから、何かあったのかなって思ったんだけど~、気まずくなるにはそうでもしなきゃならないでしょ?」
実際そうみたいだし、とヴァニラは笑う。ホープの腕の中でぷるぷると小動物のように震えるライトニングがとても可愛い。が、ホープのはたらいたことはあくまで自己であると主張したい。
「いいですかヴァニラさん。あれは事故です。事故なんです!」
「柔らかかった?」
「マシュマロみたいでした……じゃなくて!僕だって事故じゃなきゃ揉めないのに、あなたたちが頼んで揉みしだこうとしないでください!」
「ホープだけズルいじゃない」
「いいんです!ライトさんをふにふにしていいのは僕だけですっ!」
ぴた、とライトニングが動きを止める。ついでに周囲の時間も止まったような気がした。
「……ら、ライト、さん……?」
あれ僕何かマズイこと言ったっけ、などと冷や汗をかきながら、いつの間にかホープの腕を抜け出して仁王立ちになったライトニングの顔を見る。その途端、絶対零度の声が耳を打った。
「ホープ」
「は、はいぃっ!」
「私は確かにお前を鍛えると言った。……言ったが、胸を揉んでいいとは一言も言っていない」
蛇に睨まれた蛙のようにホープが固まってしまわなかったのは、単にライトニングの頬がリンゴも裸足で逃げだすぐらいに真っ赤に染まっていたからである。ライトニングの言葉の端々からはブリザガもかくやと言わんばかりの冷たさが漂っている。
「……はい」
冷気に負けてホープが項垂れると、その耳朶を再びライトニングの声が打つ。
「……だが、さっき私の胸を揉んだのは……あれは、事故、なんだろう?」
「もちろんです、ワザとじゃありません」
「……なら、次からは気を付けてくれ。……ヴァニラも、私の胸はおもちゃじゃない」
ヴァニラがしゅんと項垂れた。
「うん……ごめんなさい」
「わかったのなら……いい」
そう言ってふいと背を向けたライトニングに、ホープは三度抱きついた。
「ライトさん!」
「!?」
びく、とライトニングの身体が跳ねる。
「あれは事故でしたけど……ライトさんをふにふにしたいのは本当ですから!」
「ぁ……あぁ……」
ホープの必死の告白に明らかにライトニングが戸惑っている。が、その様を楽しむ余裕もないほどに彼は緊張していた。
「僕が18歳未満お断り的な何かで頭がいっぱいなお年頃とかそういうの関係なしにライトさんのお胸もお尻も、髪の毛も太ももも全部ふにふにしたいんです!だから……っ」
「……」
抱きしめたライトニングの身体がいつもよりもわずかに熱い。もしかしたら脈があるのだろうか。ホープはその可能性に賭けて伝えたい言葉を声を大にして叫んだ。
「好きですライトさん!僕と結婚してください!」
もう一度、時間が止まった。
ぎゅうぎゅうとホープに抱きつかれたライトニングの耳は真っ赤に染まっている。抱きしめた身体の奥で奏でる鼓動は、いつもよりも速かった。
ライトニングのか細い声が聞こえる。
「ホープ……その、気持ちは……嬉しい」
恋人になるとも結婚するとも言われていない。ふにふにしてもいいとも言われていない。
ライトニングの胸をふにふにする妄想をしたことも一度や二度ではない。
けれども、それでもライトニングのその言葉は、ホープが彼女を好きだという気持ちをきちんと認めてくれた気がした。
おわり