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ここは「花待館」の別館となっています。非公式で「うみねこのなく頃に」「テイルズオブエクシリア」「ファイナルファンタジー(13・零式)」「刀剣乱舞」の二次創作SSを掲載しています。
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2/12のオンリーの無料配布本でした。ヴァレンタインネタということでそこまで部数を持って行けずに申し訳ございませんでした。
考えているときは非常に楽しかったですが、書いているときはまた違った意味で楽しかったです。
では、どうぞ。

エンジェル・キス


拍手[2回]




ホープ・エストハイムが街角でそれを見つけたのは偶然だった。硝子のショウウィンドウの中に飾られた、美しい箱。光沢を放つ厚紙の箱の中には、プラスティック製のトレイの中に艶々とした色とりどりの塊がいくつも収まっている。
「……ああ、そういえば」
今日だったな、と思い出す。ヴァレンタイン・デイのことだ。きっと家に帰れば薔薇色の髪の恋人が、東国式にチョコレートを用意して待っていてくれるだろう。
「買い物して帰ろう」
一年に一度の恋人たちの日。いつもは小出しにしている溢れんばかりの愛を、今日ばかりは全部差し出したって罰は当たらないだろう。お決まりの薔薇の花束もいいけれど、特別なものを買って渡したい。それが何かはまだ決めていないけれど。
「エクレールさん、喜んでくれるといいな」
マーケットへと続く道を歩く足取りは心なしか軽かった。





マーケットはヴァレンタイン・デイであるということも手伝ってか、特に花屋が混んでいた。何軒も立ち並ぶ花屋の軒先には、何種類もの薔薇の花がバケツに入れて飾ってある。つまるところはこれを買って恋人や家族に渡せ、ということだ。その中の一軒に入れば、この時期には珍しく空いている。客はグレーのスーツを着た恰幅の良い紳士だけだ。その客の注文だろう、ピンク色の薔薇を花束にしている青年がホープにいらっしゃい、と声を張り上げた。いつも贔屓にしている花屋で、エクレールへの贈り物に花を買うとなればこの店に来ているためかすっかり顔を覚えられている。軽く手を上げれば、快活な笑顔が返ってくる。
「繁盛しているみたいですね」
「勿論! 今日はやっぱり薔薇が売れてるよ。ピンクの薔薇は特によく売れるし、早いとこ決めないと売り切れるからね」
言外にさっさと決めろと言ってくるあたり、この青年もなかなか商売がうまい。……とはいえいつも花の種類から色から本数までたっぷり数十分は悩んでいるから、今日ばかりはそんなに時間をかけてくれるなということだろうか。
「今日はもう決めてあるんだ」
「へぇ。……あ、ムッシュ、お待たせしました」
青年が紳士に声を掛ければ、彼はありがとう、と穏やかに笑って花束を受け取る。
「幸せな奥様によろしく」
「ああ、今日は妻が鳥の丸焼きを作っているはずだからね。早く帰らなくては」
くるりと店員に背を向けた紳士は、ふとホープのほうに目を向ける。
「やあ、恋人に贈り物ですか?」
「え、ええ。早く結婚したいんですが、なかなか頷いてもらえなくて。知り合ってから大分になるんですがね」
「ほう」
言っていることは間違っていない。あの夏の日、ファルシ=アニマの遺跡の中で初めて出会ったときから気の遠くなるほど長い時が流れた。実に千年以上だ。運命に抗い、ホープ自身からすべてを奪った絶望に耐えて進み続け、気が付けばブーニベルゼの手駒……かの神が現人神になったときの器となっていた。それでもあの世界の終わりに、ホープの光があった。暗い混沌の淵に沈んでいた魂を掬い上げ、神の呪縛を切り裂いた、眩く輝く一条の閃光。
あの世界の終わりを見届け、そしてこの世界に生れ落ちて実に二十九年の時が経った。もうすぐ三十歳になるホープには今、最愛の人がいる。かつての自分が見たら大層羨むだろう。何せヴァイルピークスでオーディンから守ってくれたあのときからずっと恋をしていた人と……ライトニングと同棲しているのだから。
「嫌われているわけではないと思うんですけどね」
「なるほどなるほど。……私の妻もなかなか結婚には頷いてくれませんでしたよ。ま、親から決められた婚約者など乗り気はしなかったでしょうが、ね」
あなたも? と聞かれて、ホープは首を横に振る。
「僕は、彼女との恋は運命だと思うんです。今も昔も、他の女性に心が動かない。彼女ただ一人が、僕を惑わせるんです。……だから、きっと僕が僕として生まれる前から、彼女は僕の運命の相手だって思うんです」
「ほう。親から決められた相手ではないのですか」
「ええ。……僕が、自分で好きになったんです」
紳士はたっぷりと蓄えられた髭の向こうで笑う。
「それならば、その方とたっぷり話し合うとよいでしょう。私と妻もそうして分かり合ってきました。たまには美味しいカクテルを作ったり、大きな花束を買ってみたり。……そうそう、今日はヴァレンタイン・デイですからね、飛び切り大きな花束を御上げなさい。運命の相手と仰るのですから、神がきっと導いてくれましょう」
「……そう、ですね」
少しだけ口元を綻ばせれば、紳士は穏やかな笑みのまま、では、と言って店を出て行った。あとに残されたのは店主の青年とホープだけだ。同じようにぼんやりと後姿を眺めながら、青年が口を開く。
「あの人、毎年買ってくんだよ。それこそうちの親父の代からね。……で、注文は?」
「一番赤い薔薇を千本」
「そんなに入荷してない。赤いのも人気があるから、いくらお得意さんって言ったってせいぜい百本だな」
百本もあれば十分だろ、と快活に笑う店員に、それもそうですねと頷いてから、ホープはもう一つ注文を付けた。
「青い薔薇も一本包んでください」
「一本でいいのかい? 何なら五本くらいまとめようか? 値は張るけど」
「いや、一本でいいです。また青いのも千本買いに来るから」
「花束にするのが大変だからやめてくれ。じゃ、会計先で。……それで、結婚、まだしてないんだ?」
カードをレジに通し、てきぱきと百と一本の薔薇をバケツから取り出しながら店員が問う。残念ながら、という答えはホープの本心だ。ライトニング……エクレールとはなかなか会えなくて、二年前の初夏に再会したことをきっかけに同棲を始めた。籍を入れていないことを除いてはもう夫婦と変わらない。
「僕は早く結婚したいんですけどね」
「まぁ、まだ若いから。事実婚のカップルだって珍しくないし、子ども出来るまで待ったらいいんじゃないか? ほら、さっきの人だって子どもができてやっと入籍したんだよ」
この国ではホープたちのような事実婚をしているカップルは珍しくない。青年の言うように子どもができてからやっと入籍する、というカップルだって多いくらいだ。でも、とホープは首を振る。
「それじゃあ、駄目なんだ」
「ふぅん? 青いほう、カスミソウもつけとくよ。リボンはいつものピンク?」
「赤いほうは白で」
「はいはい。……で、なんで駄目なんだい」
「どこにも行ってほしくないから」
「さっき運命だって言っただろ」
いつものように見事に包まれていく薔薇の花をぼんやりと見つめながら、ホープは口を開いた。
「昔、彼女が突然いなくなったんです。探して探して、でも結局見つからなかった。……だからかな、ふっと消えてしまいそうな儚さがあって。でも、彼女の傍にいていいのは家族と僕だけだって、確信もあって」
「んじゃあさっさと指輪でも買えばいいだろ」
「指輪はもう買ってあります。ピンクダイヤにプラチナのをオーダーメイドで」
ぶは、となぜか店員が噴き出す。憮然としていれば、たちまち店内に笑い声が響き渡る。
「なんですか」
「気合入りすぎ」
「そりゃあ、今年こそって思うでしょ」
まぁそうだよなぁ、と頷いて、店員は見事に百本の薔薇を花束に包んでくれた。
「ま、カクテルでも飲みに行ったらどうだ? いい店知ってるから教えるよ」
「……いや、自分で作ります」
エクレールと再会する前に、一度だけカクテルのつくり方を勉強したことがある。プロのバーテンダーと同じようには作れないが、それでも分量をきちんと守れば美味しく飲めるものが作れたはずだ。
「作れるの」
「作れますよ。彼女の前では出来ないことも出来るって言いたくなりますけど、これは本当に。少しでもできないことをなくしておきたかったから勉強しました」
「へぇ。……じゃ、これでうまくプロポーズしてくれよ。結婚式のブーケはうちに注文してくれ。専門じゃないがちゃんと作れるからな」
ほら、と渡された花束はずっしりと重い。ニッと笑った顔は髭面でも暑苦しくもないのに、どこか恋人の義弟を思い起こさせる。同じことを相談したら、きっと彼もそういってくれるに違いない。そう思えば自然と笑みがこぼれた。
「きっと頼むよ」
カクテルの材料を買って帰ろう、とふんふん鼻歌を歌いながらホープは店を後にした。





我が家に帰りつくと、電気が点いていた。エクレールが帰っているのだ。嬉しくなって薔薇の花束とカクテルの材料を抱えなおしてドアベルを鳴らす。
「はい……どうしたホープ」
がちゃりとドアを開けてくれた恋人は、ホープの大荷物に眉を顰める。
「いやだって今日バレンタインですよ」
「それは知っているが」
「僕なりに頑張ってみようと思いまして」
「それでこの大荷物か」
「そうです」
全く、とエクレールは溜息を吐く。それでも花束からは目が離せないらしく、じっと見つめる眼差しにはどこか期待の色が滲んでいる。
「これですか?」
「え、あ、いや」
慌てて視線を逸らそうとする彼女の腕に、ずっしりと重い花束を乗せる。アクアブルーの瞳が、ぱちりと見開かれた。
「本当は千本ぐらい包んでほしかったですけど、今日のところはこれで。それと、これも」
「……千本も包んでもらったら、花瓶が足りなくなるだろう」
駄目押しのように抱かせた青い薔薇の花束も一緒にぎゅっと抱きしめて、それでもエクレールは嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ホープ」
「ふふ、よかった」
嬉しくなってにこにこと笑っていれば、彼女はくるりと踵を返してリビングへと向かう。あとに続けば、豪勢なディナーが待っていた。たった今焼き上げたばかりのような鳥の丸焼きが大皿で湯気を立てており、その周りにはパンに魚介たっぷりのブイヤベース、色とりどりの野菜が乗ったサラダが用意されている。食器はホープの記憶に間違いがなければ同棲を始めたときにかつての仲間たちから贈られたちょっとお高めのブランドものだったはずだ。
「エクレールさん」
「今日は休みだったから……頑張って、みたんだ」
前の世界、ノウス=パルトゥスにいたときに、確かにエクレールの料理が気になる、という話をしたことがあった。ホープがホープでなくなる前に、一度でいいから食べてみたいという意味合いではあったものの、当時の彼女には中の下だと返されてしまったのをよく覚えている。さすがに同棲してからはもう何度も手料理を食べているけれど、大抵ホープも彼女に自分の料理を食べてほしくて一品は作っていた。だからすべてのメニューを作ってもらうのは初めてなのだ。
「嬉しい」
「デザートはちゃんとチョコレート、用意してあるからな」
「嬉しいです!」
早くご飯食べましょ、と自分の部屋にコートを放り投げてローテーブルのソファーに腰かける。ふとワイングラスを見て、作りたいものがあることを思い出した。
「ね、エクレールさん。カクテル、作ってもいいですか」
「カクテル? 作れるのか」
本当になんでもできるな、と溜息を吐きながら、それでも彼女は快諾してくれた。よぉし、と袖を捲り上げて紙袋の中から材料を取り出す。キッチンの棚からチューリップ型のシェリーグラスを二つ取り出し、グラスの半分より少し上までクレーム・ド・カカオ(カカオリキュール)を注ぎ入れる。それから静かに生クリームを注ぎ、赤く透き通ったマラスキーノチェリーを細長いピンに刺してグラスの上に乗せる。ピンが転がり落ちないように注意しながら運んで、とんとエクレールの目の前に置いた。
「エンジェル・キスです」
「お前な」
「カルアミルクのほうがお好きですか?」
顔を覗き込んで微笑むと、エクレールの頬が赤く染まる。きっと眉を吊り上げて睨まれても、可愛らしくて頬が緩んでしまう。
「そういう女を口説くようなカクテルを作りおって。この間一緒に飲みに行ったときもそういうものを頼むし、大分慣れてるだろ」
「こういうのはエクレールさんだけに、ですよ。誰にもしません」
さっと視線を逸らすさまも可愛らしくてたまらない。昔はしなやかなばねをもつ猫科の動物を思い起こさせるところがあったが、今こうして共に過ごしてみれば、可愛らしい子猫のようだ。猫耳としっぽが印象的なミコッテの衣装がよく似合っていたのも頷ける。
「せっかくエクレールさんが作ってくれたご飯、食べましょう」
乾杯、とグラスを合わせて、ピンに刺さったチェリーをグラスの淵を使って先端に寄せる。
「これ、いったん底までチェリーを入れるんですって」
「あぁ、知ってる。……引き上げると模様が浮かぶんだろ?」
何で知っているんですかと声に出せば、大学の友達に聞いた、と彼女は答えた。
「たまに飲み会にも顔を出していたからな。そういうネタはよく聞いていたよ」
「なんですって」
そんな話は今初めて聞いた。
「二次会は安いバーだぞ? まぁ、酔っ払いに絡まれる前に逃げていたから何もなかったがな」
「む……今度からは、僕が作りますからね」
エクレールは一瞬ぽかんとホープを見つめたが、すぐにふいと視線を逸らしてしまった。
「……期待、している」
「はい! 任せてくださいね」
グラスの底に沈めたピンをゆっくりと引き上げれば、生クリームの層にカカオリキュールが模様を作った。
「あ、僕のは薔薇です。エクレールさんは?」
「私のも薔薇だ。……結構甘いカクテルだよな、これ」
「甘いですね」
「……ディナーには会うかわからんな」
もう、と呆れたような声に笑顔で返して、甘いチョコレートのカクテルを口に含む。甘くてまろやかな液体を飲み下せば、一口飲んだエクレールが、それでも幸せそうにくすりと笑った。
「甘い」
「甘いです」
「次はミント系のカクテルがいい」
「ちゃんと材料も買ってありますよ」
でもその前に、とグラスを置いて、チェリーと同じ色をした唇に己のそれを押し当てる。エクレールも心得たようにグラスを置いてくれるのが嬉しい。
「ん……」
唇を割って舌を差し入れて、彼女のそれと絡めれば、口の中で温められたアルコールとチョコレートの香りがする。
「ん……っ、ふ、ぁ」
ぴちゃりと鳴る水音が、早くベッドへ行きたいという本能を刺激する。思う存分絡めあい、唇を解放すれば、息も絶え絶えといった風なエクレールが、うるんだ瞳でホープを睨んだ。
「お前は」
「すみません、つい」
「ついじゃない……まったく、食事にするんじゃないのか」
赤く染まった頬で、艶やかに笑うその表情に、ホープはしばし見惚れた。この上なく情欲を煽る表情でありながら、限りなく清らかなこの女神に、自分は何度でも恋に落ちる。そう確信すれば、唇から何度目かのプロポーズがこぼれ落ちた。
「ね、結婚しましょう。あなたの一生を、僕に欲しいんです」
薔薇色の髪の麗しい天使が微笑んで、唇への短いキスが返ってきた。
「その言葉が、欲しかった。……愛してる」


おわり


本書をお手に取ってくださりありがとうございました。
「エンジェル・キス」のカクテル言葉は、「あなたに見惚れて」です。













参考文献(敬称略)
・カクテル言葉:http://cocktailkotoba.nomaki.jp/recipe/angelkiss.html
・Wekey TOYAMA 特集『本命と飲みたい!クリスマスにぴったりなカクテル特集』:http://toyama.wekey.be/static/sp/christmascocktail

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社会人
趣味:
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